勝ち負け

先日、四女レイのブラス部の演奏会に出かけた。

市内の3校の合同演奏会だ。

いやあ、どの中学校の演奏も素晴らしかった。特に、JAZZの曲を中学生ながら

見事にスイングして演奏するのには、正直驚いた。

練習の甲斐あり、というか、毎日放課後の練習と、毎週土日にはお弁当持って遅くまで

練習してるんだもんなあ。好きだからこそとは言うけどねえ、みんなよくやる。感心感心。

毎年、県のコンクールというのがあって、金賞を取ると、県大会に出場できるらしい。

そして当然全国大会がある。これがブラス部にとってのいわば「甲子園」か。

この日も、「今年こそは金賞取れるようにがんばります!!」なんて、司会の

女の子が言っていたし、レイも今から張り切っている。


やっぱり、ここも(勝ち負け)の世界か。そりゃそうか。上手い、下手ってあるしな。

わたしゃあ、ただただ感動して、演奏聞かせてもらってるけど、その裏には

演奏者の並々ならぬ努力と、先生の厳しい指導があるわけで。

我が子もその中で、いろんな事にぶつかりながら、必死で自分を支えながら、

少しでも上手くなるように、日々練習しているわけで。

これがスポーツなら、「がんばれ~」なあんて、大声で応援するんだけど、

演奏中にそんな事いえないから、親御さんはきっと心の中で、(上手くいきますように!)

とか、(失敗しませんように!)とか(うちの子ソロしっかり吹けるかな?)

って、ガチガチになって聞いてたりするかな?

なんて、ちょっと上から目線で会場内を眺めてみた。

私は、完全にお客さん状態で演奏に聞き入っている自分に、(これでいいんだ)って

思った。

それがケイさんの野球から私が親として学んだことだったから。

厳しい勝ち負けの世界で生きていくってことは、勝ちたいって思うってことは、

簡単に言えば、自分次第。自分の努力次第。その結果として、勝ったり、負けたりがある。

最初から、この子には何かしらの才能がきっとあって、それだから、必ずここで何かしらの

結果が出るはず、と淡い期待を抱きながら、ケイさんを見つめていた私は、

来る日も来る日も、その期待を見事に裏切られ、何回ケイさんを叱ったことか。

「あんたのその性格がダメなんよ。なんでもっとちゃんとやらないの?えっ?」

ケイさんがくら~い目をして、涙をポロポロ流しながら、私を見つめてたなあ。

何をちゃんとやらないといけないかは、本人だけが知ってるはずで、

本人がそれに真面目に向き合う気がなければ、何を言っても届かない。

届かない言葉ばかりをぶつけ続けたんだな、私は。

そして、それは私自身のための言葉だった。私のためにがんばれ。

「ケイくん、すごいですね」って、私が言ってもらいたいから、がんばれ。

そんな言葉だった。私の夢のために、なんでケイさんが努力しないといけないのかって

そんな話だ。なんて恥ずかしい親だったろう。


だから、今は子供たちがどんな厳しい勝負の世界に身をおこうとも、

後ろからそっと見守ることにした。もう恥ずかしいことは考えない。

できれば、勝ち負けなんてない世界が一番いいに決まってるけど、

人生一度か二度か何度かわからないけど、厳しい世界に身を置かねばならない。

そして、そこで夢や目標に向かって努力して、その結果が、

たくさんの人を感動させたり、喜ばせたりするものであってほしい。

それがいわゆる「勝ち」というものではないだろうか。

夢に向かって歩いていく子供たちをそんな気持ちで応援していこう。

努力して、努力して。結果はずっと後でもいい。
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by morinotomosibi07 | 2009-03-17 09:56 | 四女レイのこと  

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