大好き寅さん!!

テレビの画面に写ったその人を、「わあ、おもしろい顔やなあ」と思いながら見つめていたのは、

私がまだ小さい子供の頃だっただろうか。

真四角な顔に、小さい目、太い眉毛の右だったか左だったか、眉間の側に大きなホクロのような

ものが確か乗ってた。お世辞にも鼻筋が通ってるとは言えないただでっかいだけの鼻。

でも歯並びはいい。それになんと言っても声がいい。

そんななんともアンバランスな変なおじさん。ドラマの名前は忘れたし、筋書きもはっきり思い出せない

けれど、放蕩三昧を続けた若ダンナが一文無しになって、どこかでおにぎりを恵んでもらい、最後に

死んでしまう、といった内容のドラマだったか。おもしろくも悲哀に満ちたその芝居が子供の私の脳裏に

強烈に焼きついた。それが後にご存知「寅さん」を演じ続けることになった俳優渥美清だったと

知ったのは、いつ頃だったか。

「寅さんはいいねえ」と父や母が話しているのを聞いても「へっ、どこが?」と不思議だったし、

国民的映画とか俳優とか言われても、私には「好きなんだけど~♪」を歌う、西郷輝彦のほうが

断然国民的アイドルだった。あの強烈な顔と演技を画面いっぱいに見るのは、はっきり言って

もうたくさんだった。

ダンナの影響で「男はつらいよ」を恐る恐る見始めてから、それは私が大人になったという証拠なのかも

しれないけれど、その魅力にどんどん惹かれていった。全48作のほとんどをビデオで見た。

最後の映画だけは、悲しすぎてまだ見る気にはなれないが。

ダンナはもちろん、「寅さんのように生きるのがオレの理想だね」と言うし、私とて

「寅さんみたいな人に出会いたい」と心の底から思う。妹さくらの亭主、博のような人は、はっきり言って

嫌いだ。いや、博さんは博さんでそりゃ立派な人だろう。でも、寅さんに対して

「お兄さん、それはちょっとどうかと思います」なんて言って、いちいち寅さんの生きかたに口を挟むのは

我慢できない。家族に囲まれて、ヌクヌクと暮らしているカタギのアンタに寅さんの何がわかるって

言うのよ!ってついつい画面に向かって叫んでいる私がいる。

「おめえも同じだろ」って寅さんに怒られるかな?「オレはよ、おめえが幸せならそれでいいんだよ。

達者で暮らせよ。じゃあな」と寅さんはさっと身を翻して、また旅に出かける。

「寅さん、待って」なんて言うと、「それをいっちゃあおしまいよ」と背中を向けたまま、片手をあげて

寅さんは去っていく。その背中がかっこいいねえ。おもしろい顔の変なおじさん、なんて言ったのは

どこのどいつだい!

生涯をかけて寅さんを演じ続けた渥美清という人の事を知りたいと思って、数ある寅さん本のなかで

「おもしろい男 渥美清」(小林信夫著)というのを読んだ。

渥美清さんと旧知の仲たる著者がその交流のなかで、渥美さん自身が語った言葉から、

渥美さんの人間性を浮かび上がらせる、という内容になっており、変なデフォルメやきれい事も

描かれておらず、真実に近い渥美さんを知り得るものとなっている気がする。

才能にあふれ、たくさんの可能性を秘めた彼がそこにいる。興味のある方は、ご一読を。

そして、ますます彼のことが好きになった。

また、「風天 渥美清のうた」という本は、渥美さんが俳句を嗜んでいたことを知る驚きの内容だ。

「赤とんぼじっとしたまま明日どうする」など、まるで寅さんが詠んだような句がたくさん収められている。

渥美清=寅さんといわれるほど、その役柄は当たり役だったし、苦労の末、彼がやっと掴んだスターへの

階段だった。天才的喜劇役者と言われ続けた末に、ようやく映画で寅さんを演じた時は

彼はすでに40歳を超えていた。彼は本来、泥臭さとドタバタ喜劇の他に、外国の喜劇人のモダニズムを

持ち合わせていたと言われている。寅さんがあまりにはまり役だったということもあったが、

もっともっと違う芝居が見てみたかった。彼自身は山頭火の生涯を演じてみたかったそうだ。

きっと彼なら山頭火を蘇らせてくれただろう。

しかし、若い頃に結核を煩い、片肺だけになってしまった体では、無理ができなかったのか、

人一倍健康に気を使いながらも常に死というものを意識して、最後まで演じ続けた寅さんが

やっぱり彼の残した大きな大きな遺産だ。

古い街や田舎を訪ねると、「ここも映画の舞台になりそうやね」と必ずダンナと顔を見合わせる。

「よっ」と言って、ふっと寅さんが現れるような気がして。
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by morinotomosibi07 | 2009-04-10 19:46 | 自分のこと  

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