「ほっ」と。キャンペーン

金婚式

シルバーウィーク中は、実家の両親と妹の家族がこちらに滞在していた。
あいにく私は仕事だったので、どこへも案内することができなかった。
主人の仕事の関係で近くの保養所を借りれたので、そこでゆっくりしてもらった。
広い温泉に抜群のロケーション。特に夜景の美しさには一同感激。
余談ですが、今度この保養所の管理・運営を主人が任されました。
40名ほど宿泊可能です。キッチンがあるので自炊もできます。
30畳ほどの大広間ではイベントや各種教室の開催も可能です。
料金など詳しいことは、お気軽にお尋ねください。

両親は今年が結婚50周年。ささやかながら、みんなでお祝いにペアの時計と
指輪のストラップ、色紙に言葉を添えて、プレゼントした。
お祝いの品を手に二人で並んで記念撮影。もともと小柄な両親だけど、
二人でチョコンと座っていると、なんだかますます小さくてかわいかった。
周りがそれだけ大きくなった、というか身長が伸びすぎってことも言えるけど。

由布岳登山をした夜は、妹や母が夕飯を作ってくれていた。ヘトヘトの身には
涙がでるほどうれしかった。
妹の長女ひーちゃんは、かつてダンスの学校に通っていたので、
バレエの基礎からジャズからヒップホップまでなんなく踊りこなせる。
私はここぞとばかり、レッスンをお願いした。
発表会で踊る曲を見てもらいながら、チェックしてもらったが、ダンスの先生と
同じだ。動きが全く違う。そうか。そういう動きなのか。
私のはダンスではなく、ただ手足を動かしているだけだ。
「おばちゃん、練習、練習。これしかないよ。絶対できるようになるって」と
言いながら、夜遅くまで練習に付き合ってくれた。ありがとな。おばちゃん、がんばるからな。

妹たちは一足早く帰り、その後両親は3日間、我が家に滞在した。
これといってもてなしもできなかったが、そのかわりといっちゃあなんだが、
夜は私とダンナ、両親の4人で、大討論会。テーマは「夫婦とは」
これが3日間とも夕飯後、深夜まで続いたから、はっきり言って、大変だった。
50年経ってもなお、すれ違う男と女。しかしなお、求め合う男と女。
両親を通して、男と女が共に生きるということの難しさをあらためて痛感した。
でも、これも愛があればこそ。お互いを非難しつつも、一緒に生きていきたいという
思いには何のゆらぎもないことだけはわかる。まるでかけだしの夫婦のように
見えたりもした。
あるいは、半ば諦めと惰性にとりつかれながらも、まだ諦めきってはいない姿に、
とっくに迎えたはずの倦怠期の夫婦の喧嘩のようにも見えたりもして、
両親を見つめながら、私のなかでそんな奇異な感覚が生まれた。
そしてそれはまた、私たち夫婦にも言えることであり、両親の話しあいの仲裁という
形を取ってはいるものの、胸にズシンとくることが多々あった。
自分も親になってみて、初めて親の気持ちがわかるということはすでに経験したが
女や妻の気持ちを母と共有できたことで、おかしな感覚だが、私は自分が大人になったこと、
そして母に近づいたことを実感した。母の苦労にはまだまだ追いつかないが。
ダンナはダンナで、男として厳しい話を父にしたことで、「ようやくうちの息子になったな」と
両親から言われていた。
我が家の子供たちは、翌朝、「毎晩、毎晩、なんで同じ事ばかり話し合うの?」と
不思議そうに聞いてきた。
確かにね。男と女、夫婦ってのは、奥が深いからね。
今回はお互いに本音トークでちょっとシンドイ何日間だったけど、今度会ったときは
もっと距離が近づいて、楽しいときを過ごせそうな気がする。
だから、元気で長生きしてほしい。まだまだたくさん、たくさん、話したいことがあるから。
お互いをもっともっと知りたいから。
とりあえず結婚50周年おめでとう!私を産んでくれてありがとう!
[PR]

by morinotomosibi07 | 2009-10-02 10:49 | 自分のこと  

<< 自分を捨てる 登山 >>