食の記憶

住宅街のなかにある小さな食料品店だった私の実家。

祖父母が忙しそうに立ち働き、無口な母が黙々と接客していた。

夕方になると、祖母か母のどちらか手が空いているほうが食事づくり。

たいがい煮物がどんとテーブルに乗り、(またか)と文句を言いながら食べていた気がする。

そんな時、「明日はおじいちゃんが作ったる」と、孫には優しかった祖父がいろんな料理を

作ってくれた。ハンバーグは、つなぎに食パンがいっぱい入っていて、普通のより何だか白っぽか

った。祖父が「ほれ、ステーキやでえ」と言うのは、いつも必ず豚肉。ラーメンはスープから一日

がかりで作っていた。母が間違えてそのスープを捨ててしまって、エラク怒られていたような記

憶がある。祖父は私と妹を自転車の後ろと前に乗せて

時々駅前の喫茶店に連れていってくれて、フルーツポンチをごちそうしてくれた。たしか

「ゆかり」というそのお店の斜め前に高校生になった頃、モダンなコーヒーショップが出来て、

友達と行くときは、もっぱらそっちの方へ。ほんとは、ちょっと古臭くなった「ゆかり」で

フルーツポンチが食べたかったけど、「あっちでフルーツポンチ食べようよ」って恥ずかしくて

言えなかった。小さい頃うれしくて妹と並んで夢中でほおばったフルーツポンチが

ほんとは食べたかったけど。

食パンがしっかりとしたつなぎになった大きな大きなハンバーグや意外と柔らかかった

ポークステーキも、ぼんやりながらも記憶に残っている。

母の薄味のかやくご飯も祖母の濃い味の五目寿司も。祖母がよく砥いだ包丁でスパッと

切ったただそれだけのトマトも。切り口のそろったほうれん草のお浸しも。

とろみづけに片栗粉の入ったカレーも。自転車でやってくる豆腐やさんを追いかけて

お鍋を渡して「絹こし一丁!!」と言う時のちょっと得意気な気分も。お金を渡すと「おおきに」

って私の頭をポンポンとしてくれた時のうれしさも。

我が家のメニューを考えていると、ふっと頭をよぎる子供の頃の食の記憶。

ちょっと前までは、そんなことが大事なことだと感じなかった私に、じゃ何が大事だと

思ってきたのか?と聞いてみた。忙しい大人たちに囲まれて、時々おいてけぼりを食った

みたいに寂しくなって、ふてくされてみたりひがんでみたり、そんな自分の姿だけが愛しいと

思ってきたの?と。ご馳走って他にあったでしょって、言いたかったの?と。

生きていくのに何もかもが精一杯の大人たちから、宝物のように

育ててもらったことこそがほんとのことなのだろう。その一日一日が今の私を作ってくれた

のだろう。そのことをもっとうまく言える日が来るように、これからも毎日いろんな記憶を

手繰り寄せて、今は亡き祖父母や年老いていく両親に感謝して、生きていこうと思う。
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by morinotomosibi07 | 2008-09-09 14:37 | 自分のこと  

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