ホームステイは楽し

さて、ホームステイ一日目。自己紹介も済んだところで、私は急いで夕飯つくり。

ダンナは、アナを泊める部屋に案内したあと、ちゃっかり自分の部屋に連れて行き、さっそく

JAZZを聞かせた。「ジョン・コルトレーンが好きだってさ」と嬉しそうに。飲み物を勧めたら、

以外にも日本茶がいいとかで、「おいしい」と言って飲んでいた。(もちろん英語で)

外国の人は皆陽気で、テンションが高いと思い込んでいた。ましてラテン系とくればなおさらの

こと。しかし、アナはちがった。とても物静かで大人しい。それに恥ずかしがりやで心配症。

年齢も若いし、一人で異国の他人の家で過ごすのだから、無理もないことと思うが、見ていて

とても心配なほど、元気がなかった。みんなでテーブルについて、ダンナが「じゃ食べようか!」

と言うと、子供達はいつものように「いただきまあああす!!」 これがアナにはツボだった。

初めて大声で笑った。なので、みんなでもう一回言った。「いただきまあああす!」

私が身振りで、「アナはお祈りとかしないの?」と聞くと、笑いながら手を振って「ノーノー」

「えーお祈りせんといけんのやろ。こうやって。」と手をつないでみせると「ノーノー」と

噴き出した。キリスト教にもいろいろあるのかと勉強になった。

その後、ユリ氏が「ロックとか聞く?」と英語で質問。さすが現役。「イエース」とアナ。

「ローリングストーンズ知ってる?」 「オフコース」 だいぶ元気が出てきて楽しそうなアナ。

「おかあさん、セックス・ピストルズは好きかって聞いていいかな」とユリ氏が言うので

「いいけど、発音に気をつけてな」 と言った。「発音気をつけるって言ってもそのままか」

と言い直したら、ユリ氏が「ヨシ!」と言って小声で聞いた。そしてアナがセックス・ピストルズも

好きと聞いてユリ氏は「やったあ!!」とガッツポーズ。

夕飯は盛り付けてみると、外国の人からすると、少なめに見えたかなと思ったけど、

アナは少し残して、申し訳なさそうに「昼間いっぱい食べすぎた」みたいなことを言った。

私が「お箸にトライしてみよう!」と(やきおにぎり)のあんかけを勧めながら言うと、

恥ずかしそうに「使ったことないから、わからない。無理、無理。むずかしい~」と言いながら

一生懸命「なめこ」をつまもうとしていた。それは日本人でもむずかしい。

コロッケはおいしいと言って全部食べてくれた。改めてチエさんありがとう。

その後はアナの街のことや、家族のこと、ペットのことなど色々聞いたりしているうちに

アナが疲れてきて、再び元気がなくなったので、「もう寝たいですか」とダンナに聞いてもらった。

おふろに入ったらすぐに眠りたい、ということだったので、おふろに案内した。

長時間にわたる移動の疲れがピークでも、すぐには眠れなかったのか、アナの部屋からは

遅くまで灯りが漏れていたらしく、ダンナは眠れなかったんじゃないかと朝になって心配して

いた。私は久々のバタンキューで気付かなかった。

次の日もアナはハードスケジュール。まず「血の池地獄」から始まる市内観光にはじまり

その後は長いリハーサル。交流会を兼ねた夕食会。コンサート本番とつづいた。

私たちもそそくさと夕飯を済ませ、コンサート会場へ。正装したアナが忙しそうに打ち合わせを

していて、私たちは「あっ」と声をあげ、まるで家族にあった気持ちになっていることに気付いた。

最初の「大分シンフォニック・ウインド・オーケストラ」の「天国と地獄」の演奏に、今日のコンサー

トは絶対いいぞ!という確信がわき、実際どの曲も素晴らしかった。

このメンバーのなかにレイの部活の先輩である中学三年生も数名含まれていて、大人に

まじっての堂々たる演奏に、驚いた。

「コインブラ吹奏楽団」の演奏は、やはりレベルが違うと言う事は素人の私にもわかるほど。

メンバーはコインブラ大学で音楽を学ぶ学生で、そのエネルギッシュな演奏と抜群のリズム

感に心の底から感動した。哀愁をおびたポルトガルの音楽にも何か日本との結びつきのような

ものを感じた。

興奮さめやらぬ私たちは、「よかったよかった。疲れたやろ。さあ、帰ろうか」と幸せな気分で

演奏を終えてほっとしたようなアナを迎えた。そして、車に乗り込み、「さあ、帰ろう」とした時

…思いもよらぬ出来事が。



時間がなくなったので、つづきはこの次に。  アデウス。
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by morinotomosibi07 | 2008-10-05 14:29 | 世の中のこと  

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