仲間

私が子供のころ、もうそろそろ四半世紀前にもなる頃。どこの家の親も忙しかった。

今も忙しいことには変わりないのだけど、今は子供までが忙しいのか。

昔は、忙しい親にかまってもらえない子供達は、こぞって夕飯近くまで外で遊びほうけた。

私の遊び友達は、物心ついた時すでにたくさんいた。

お向かいのチカちゃんとあっちゃんは、お母さんが病弱でそのせいかお父さんは心配性で

あまり二人を外で遊ばせなかった。だから、時々お母さんの具合がいい時、私と妹はお向かい

のおうちに呼ばれて二人と遊んだ。薄暗い部屋の奥からやせ細ったお母さんが出てきたとき

はちょっと怖かった。イスに座って私達が遊ぶ様子をうれしそうに眺めていた。調子に乗って大

きな声を出しすぎるとお父さんに叱られた。

だから遊びに行くのがだんだんと億劫になった。姉のチカちゃんはもうとっくにお嫁に行った

ことは聞いたけど、お母さんによく似ていたあっちゃんは、お母さんが最近亡くなるまで

ずっと傍にいたらしい。あの薄暗い家は、今はマンションになり、その一室であっちゃんは

暮らしているという。「とても優しい、いい娘やわ」と母が言っていた。

今もし会うことがあったら、「あっちゃん、えらかったね」って言ってあげたいな。

道路をはさんで二軒先のカヨちゃんとヤエちゃん。キューピー人形のようなヤエちゃんを

カヨちゃんは「あんたはお母ちゃんに似てかわいいからいいよな。ウチなんかお父ちゃん似で

いやや」といつもぼやいていた。「ウチがお父ちゃん似やから、お母ちゃんはウチのことが

キライなんや」とカヨちゃんは自信満々で言っていた。「そんなことないよ。」と私達が笑っても。

カヨちゃんの言ってたことがホントだったのか、その後ご両親は離婚して、お母さんは

ヤエちゃんだけ連れて家を出て行った。自暴自棄気味のお父さんの言う事や疲れ果てた

ようなおばあちゃんの言う事をよく聞いて、カヨちゃんはおうちのお手伝いをよくしていた。

いつも遊ぶメンバーからヤエちゃんがいなくなったことの衝撃は大きかったが、だれも

そのことに触れなかった。でも、一度だけみんなでヤエちゃんの新しいおうちを訪ねていった

ことがある。そこは、たしか母子寮のようなところだった。カヨちゃんは、お母さんには

言わなかったけど、ヤエちゃんに「いっしょに帰ろう」と言った。ヤエちゃんは、まだ小さいのに

「帰りたいけどお母さんがかわいそう」と言って泣いていた。

カヨちゃんちの裏に住むサトミちゃんとミワコちゃん。元気いっぱいのミワコちゃんと違って

サトミちゃんは大人しくて引っ込み思案。今でいう不登校で学校へはほんのたまにしか

行ってなかった。私達が学校から帰るととたんに元気になって、一緒に外で遊んだ。

中学校の途中で東京へ引っ越してしまって、ずっと会えなかったけど、お互い二十歳を

過ぎた頃東京で再会したときには、サトミちゃんは保育士になっていた。その後結婚も

して、子供もでき、今も保育士の仕事を続けているという。

サトミちゃんの家のちょっと先に住むカズコちゃん。いつも怒ったような怖い顔をしていたので

よくみんなでからかった。よけいに怒る顔を見たくて。ごめんね、カズコちゃん。

でもほんとは心の優しい女の子で、自分のお菓子をよくみんなに気前よく分けてくれた。

カズコちゃんのお母さんもいつも怖い顔をしていたけど、私の母は「あの人はほんとは優しい

んよ」と言っていた。

みんなの憧れ。スズコちゃんはちょっと離れたところに住んでいた。名前からして憧れる。

あだ名はスーちゃん。勉強もスポーツもよくできて、美人で、何より珍しい遊びを考えるのは

いつもスーちゃんだった。たしか、シャボン玉を自分達でつくろうと言い出して、家から石鹸を

持ってくるように言われたことがあった。スーちゃんがその石鹸をきれいに削る様子をうっとり

眺めていた。「今日は削るところまでね」と言ってスーちゃんは、削った石鹸をビンにいれた。

あたりはものすごくいい香りがしていた。それが宝物のように見えて、欲しくて欲しくて仕方なか

った。家に帰って真似してみたけど、ちっとも上手に削れなかった。スーちゃんは銀行に勤める

OLさんになった。「計算が速いのよ」とお母さんがよく自慢していた。お漬物やさんで働いて

いたお母さんのことをスーちゃんは、「いつかお母さんに楽させたい」と大人みたいなことを

言っていた。

おっとりしたナルミちゃんは、とにかく勉強家。遊ぼうと誘いに行くと洋裁の仕事をしていた

お母さんの向こうで、いつも勉強していた。「ナルちゃんは勉強だから」とお母さんに

追い返されたけど、めげずに毎日誘いに行った。そのうち「あんたちも勉強しなさい」と

ナルちゃんのお母さんに言われナルちゃんとならんで勉強するのが、ちょっとうれしかった。

ナルちゃんのお兄ちゃんのヨシ坊も頭が良くて、時々勉強を教えてくれた。私はいつかヨシ坊

のお嫁さんになると決めていた。ナルちゃんもヨシ坊も大学の薬学部を卒業し、薬剤師に

なったらしい。

どこの家の大人たちも忙しそうで、なんだかいつも怒っているように私には思えた。

そして、いつも疲れはてているように見えた。それは自分の今の姿とどこか重なるところが

あることに気付いて、(いやだー)と思う。

そんなメンバーといつごろまでキャーキャーと遊んでいたのだろう。一人一人が何か不安を

抱えながらも、毎日おでこをくっつけあって遊んだあの頃。いやなことがあっても、メンバーの

顔を見ると安心したこと。そこらじゅうを駆け回り、きっとおバカなことばかりして遊んで

いたのだろうけど、そうやって押しつぶされそうな小さな心を必死に守っていたのだろう。

自分達の身の上に今後やってくる目に見えない何かに対する恐怖や、とてもいいことが起こり

そうなわずかな期待や、いろんな物がつまった小さな心を抱えて、いつも寄り添って遊んだ

仲間達。そう、あれは確かに仲間達だったなと思う。つらい時に笑わせてくれたのは

あの仲間達だったなと。あれが最初の仲間だったなと。物心ついたときから、いままで、たくさん

の仲間に囲まれて生きてきたことのこの事実の前に、人間が生きていくには仲間が必要だとい

うことが自分が大人になって知りえたことのなかで一番大切なことだと思う。

これからもどんな仲間が増えるのか、また増やす努力をしなければと思う。
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by morinotomosibi07 | 2008-10-14 11:10 | 友達のこと  

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