兵庫の旅

母方の伯母が亡くなったという知らせが入り、急いで実家へ向かったのは火曜日。

昨日無事葬儀を終え、慌しくその夜の新幹線で帰ってきた。

いちいち心にひっかかって、というか、興味の矛先が定まっているようで、いないようで、

要するに、なんでもツッコミを入れたくなるこの性分のせいか、目の前で起こるいろんな

ことに一喜一憂してしまって、なんとも中身の濃いこの何日間だった。

同じように時間が過ぎているのに、日常とはまるでかけ離れたようなこの時間と空間は

亡くなった人を天国へと見送るために必要なものなのだろう。これがきっと目には見えない

けど、この世と天国の境目、ふたつを結ぶ不思議な時間と空間、そんなふうに思った。

従兄弟の子供でまだやっと3歳になる男の子が、一週間前、おもちゃのケイタイで

3年前に亡くなった自分の祖父、つまり今回亡くなった伯母の弟と話をしたらしい。

「おじいちゃんがね、黒いカバンを忘れたから探しに行くって。黒いカバンを持った人がいっぱい

いるところに」

この話をお通夜にみんなで集まって聞いていたら、ある人が「それはもしかしたら、今日の

ことかもしれない。だってみんな黒いカバン持ってるし」と言った。「伯母のことを迎えに行く

って言いたかったのかな」と従兄弟が言った。その日の夜、その子はまたケイタイで祖父と

話をしたらしい。「今ね、おじいちゃんはね、おばちゃんとね、青いお空の公園でね、ブランコ

に乗ってるんだって」 その子は祖父が亡くなってから生まれたから、もちろん面識はないし、

伯母も長い間闘病生活だったので、会ったこともない。しかも今まで祖父のことなど口にした

こともないし、伯母が今回亡くなったことも通夜の様子のことも全く知らない。家で話をした

こともない。と従兄弟が説明するのを聞いて、「ん?」と思った。伯母の祭壇は、ブルーの天幕

が張ってあり、遺影に映る伯母のバックには青い空とコスモスが。

そうだ。これは伯母とその子の祖父、つまり姉弟が二人で公園で遊んでいる姿。

先に死んだ弟が姉を迎えに来て、二人は今小さいころのように、天国で遊んでいるのかな

と、一同そんなふうにこの出来事を受け止めた。

やっぱりこの場所はふたつの世界を結ぶ不思議な所なんだと思いながら、どこにふたつを

つなぐ階段があるのだろうと、あまりキョロキョロは出来ないので、目だけキョロキョロ

動かした。いつか私もその階段を登っていくのだなと、歳のせいかわりとリアルに自分の

葬儀を思い浮かべた。

私の母はこれで最初の家族を全て失ってしまった。私を含めた3人の子供と孫が10人。

父と二人暮しとはいえ、母なりに楽しい余生を過ごしているせいか、想像していたほど

自分の姉の死に落胆はしなかったと言う。「あの人も苦労したけど、自分の思うように

生きてきた人だから幸せだったと思う」と、自分を貫き通した伯母の生き方を羨ましそうに言う母

に、(あなたも十分自分を貫いている)と思った。いつか母が生涯を終えるとき、私は自分の

想像以上に落ち込むとは思うが、「あの人は幸せだった」と見送れるように、母自身が

「私は幸せだった」と思って、階段を登っていけるように、その時まで家族として母を見つめ

続けようと思う。(きっと私の天然ぶりはこの人からの遺伝や)と思えるくらい、

この何日間の間に色々とやらかしてくれた元気な母。私の弟には半ば呆れ顔で

「おかん、笑いの引き出しありすぎやろ」と言われていたが、それが一番母らしい所なんだと

改めて思った。自分にも他人にも厳しかったけれど、ようやくその鎧を脱いで、本来の自分を

取り戻し、自分の人生を歩いている母が、今は昔より身近に感じられる。もう少し元気でいて

ほしい。葬儀の間中、母とうりふたつの伯母の顔を眺めながら、伯母には失礼なんだけど、

そんなふうに母のことばかり考えてしまった。

見た事はないが、今話題の「おくりびと」という映画で「納棺師」の仕事が描かれているらしい。

この仕事を、実はマジマジと見る事ができた。というか、見なくてはならなかった。

この話はまた次回に。
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by morinotomosibi07 | 2008-10-24 12:23 | 自分のこと  

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