おくりびと

伯母が入院先の病院で亡くなったのは、月曜日で、本来なら水曜日が葬儀の運びと

なるところ、その日は「友引」とやらで、葬儀ができないらしく、従って木曜日が葬儀、本通夜が

水曜日となった。(家に帰りたい)と入院中言い続けていた伯母の願いがこんなふうに

叶うのは、悲しいことだけど、二日間伯母は自宅で過ごすことができたのだ。

通夜の準備が始まると言うので、伯母の家に向かったところ、それは納棺の儀式ということで、

最初は軽く考えていた。遺体を棺おけに移すのだな、と。

それが違った。やってきたのは、若いお姉さんとイケメンのお兄さん。

蝶ネクタイに白のYシャツ。黒のギャルソンエプロンに身を包んだお兄さんは、後にこれが

いわゆる「納棺師」と呼ばれている人なのだとわかった。

大きなバスタブにベッドが乗ったものが部屋に運び込まれ、お風呂場からホースでお湯を

ひいてきて、準備が整うと、「それでは旅立ちのお支度をさせていただきます。どうぞ

お傍で最後のご様子をご覧いただいて、ゆっくりお別れのための心の準備をしてください」

確かそのようなことを納棺師の方が述べられた。

ここでようやく今から何が始まろうとしているのかがわかった次第で、一同驚いて顔を

見合わせた。こういう場に立ち会うことを誰も経験したことがなく、おっかなびっくりな雰囲気

のなか、ゆっくりと伯母が運ばれてきた。体は大きなバスタオルでくるまれていて、

顔しか見えない。一同ややほっとする。納棺師の方がバスタオルの中に手を差し入れ、

丁寧に伯母の体を隅々まで洗っていく。伯母はまるで気持ちよさそうに眠っているようだ。

髪もきれいにシャンプーし、リンスまでしている。かみそりで顔をきれいに剃って、丁寧に

ふきあげる。ドライヤーで優しく髪をかわかすと、伯母のシルバーグレイの髪がつやつやに

蘇った。生前は超がつくほど、几帳面で綺麗好きだった伯母だから、さぞうれしいに

違いない。ほんとに失礼ながら、最初は遺体に触れる仕事って、想像がつかなかった。

もっとはっきり言うと、どうしてそんな仕事を選んだのか不思議だった。

でも、粛々と進むこの旅立ちの儀式のなかで、その空間は張り詰めた空気からやがて

厳粛ななかにもやすらぎに似た雰囲気へと変わり、そのうち人の死というものを静かに

受け入れていくという気持ちへと変わっていくことに気付いた。

もし、自分のもっと近い人だったらそう冷静ではいられないだろうけど、死というものが

やがて誰にも訪れ、こうして愛する人たちに見守られながら、誰しも生涯を終えていくということ

の覚悟ができたような気がした。

まるで眠っているかのような安らかな伯母だけど、確かにもう息はしていない。息はしていない

けれど、もう口を開く事もないけれど、生きている人と同じように、そこに横たわり、眠ってる。

生と死のこの狭間をこんなふうに、マジマジと感じることで、死んだ人を生きている人と

同じように大切に思えたことは、私にははっきり言って驚きだった。

それはこの儀式のおかげ、納棺師という方の仕事のおかげと、私は、最初に感じた偏った

物の見方を恥じ入った。ほんとに尊いお仕事なんだと思った。

最後にきれいな衣装に身を包み、お化粧をほどこされた顔は、生前の伯母の顔そのままで

思わず「おばちゃんや…」  母も「姉ちゃん…」と言っていた。 それまで気丈にふるまって

いた従兄弟のおねえちゃんたちも「おかあちゃん」と傍に駆け寄った。

伯母ちゃん、最後に会えてよかった。どうぞ安らかにお眠りください。
[PR]

by morinotomosibi07 | 2008-10-26 21:03 | 世の中のこと  

<< 学園祭 兵庫の旅 >>