みんな、ありがとう

今年も残すところあと二ヶ月。子供がらみの行事やあちこちのイベントやタイからの留学生さん

のホームステイやらでなにかと忙しく、早くも師走への助走といったところか。

天気のほうも落ち着かず、めっきり秋っぽくなったかと思いきや、ポカポカ陽気だったりで

動物として生きるための適応能力が確実に低下しているこの身には、それはけっこう

大変なことなのだ。人生50年と昔の人が言ったのはウソじゃないな。命の終焉に向かって

体は適応していってる、そう考える方がピッタリくる、そんな歳なのか。

んなわけで、気分の浮き沈みも激しく、夕方になるとなぜか悲しくなる。

それは生きる気力というか、意味というか、そこいらまで考えが及び、答えがみつからず

野菜を刻みながら、泣きたくなる。ていうか、泣いてる。

「今日はなにかな?」と覗きにやってきたダンナがそれを見てビックリしてうろたえる。

「なっなっなにがあった?」 「…」 「だまってちゃわからんだろ。言ってみな」

「…」 「いや、だから、言ってくれよ。オレ?オレがなんかした?」 「…」

(なにやってんだか。わたし…)と、もうひとりの自分が呆れて薄ら笑う。

(ええい!クソーっ!!言ってやろうか)と、泣いてる私が笑ってる私に言う。

ていうか、ダンナにぶちまけてる。「あのね、今日はね、アレをしてコレをして、それから

こんなこともあって…。ああだこうだ…」

(あースッキリした!!あっ笑ったな。私の心の叫びを笑いものにしたな)という目で

ダンナを睨みつける。

「よし、わかった。あとでみんなで話し合おう。とにかく風呂入れ。なっ」

で、風呂入って、またしこたま泣いてやった。風呂から上がると、食卓からにぎやかな

笑い声。おーおー、みんなして私を笑いものにするがいい。と、被害妄想もはなはだしい。

「ささっ、食おう、食おう!今夜はおでんときたか。いいやねえ。おでんは」

「いただきまあす!!」 「でな、あとでみんなで話しあおうってことになったんだ。

おかあさん、言いたい事は後で聞くから、とりあえず食べよう。おっ大根がいいか?

卵はどうだ?」とダンナが珍しくせっせと私のお皿にとりわけてくれる。

(とてもじゃないが、食べようって気になるもんか)とチビチビと大根を口に運ぶ。

と、また涙がポロポロ。みんなはやや固まり気味。「ハハハー」と意味のない高笑いを

するダンナ。もうひとりの私が泣いてる私に(ぶりっこしてんじゃねえぞ!ばばあ!)

と叫ぶ。(こうなりゃもっと泣いてやる!)とますますあふれ出す涙。大根がノドに詰まる。

「さて、もういいかな。じゃ、話し合いに入るかな」

ということで、話し合いの結果は、いろんな理由で私が行き詰ってしまった、ということで、家事

やなんかをみんなでもっと協力的にやろうじゃないか、と。

各自の部屋は責任持って掃除なり整理なりするということはもちろんのこと、共有部分

のことも人まかせにしないで、自分達で片付けるってこと。

当たり前だけど、できないんだな、これが。そして、フトンも曜日を決めて、自分達で干す。

洗濯は基本的に朝はゆっくりのエリさんが干す。

そして、料理はなんと、自分達で全部作りたいという要望で、私が仕事が休みの日以外は

作ってくれるらしいのだ。ちなみに、月曜はユリ氏。火曜はエリさん。水、木はレイ。

日曜はダンナとミーコ。さっそく昨日はレイがハンバーグに粉フキいもに、けんちん汁を

見事に作ってくれて、私は仕事から帰るなり、まずはお風呂に入り、そのあとは食卓に

用意された夕飯にありついたというわけで。

この話しあいの中で、子供達の成長と優しさを目の当たりにし、自分の

未熟さと醜さが際立ったことに、このうえない恥ずかしさを感じた。

それ以降、私の体を覆っていた鉛のように重たいいろんな重圧が、なくなりはしないけど、

かなり軽くなり、何をしていてもフワフワとしていて、心地いい。

そして、ありのままの自分と初めて向かい合うようで、気恥ずかしさと

ありがたさで、胸がいっぱいになる。みんな、ありがとう。助けられたよ。ありがとう。

人に依存したいくせに素直に表現できない私。人を信じて全てをゆだねられない私。

いろんな自分が前よりもはっきりと見えてきて、それを素直にそうだ、と認めることが

できつつあるのも、みんなのおかげ。なんとお礼を言えばいいことやら。

とにかく、ありがとう。
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by morinotomosibi07 | 2008-11-13 14:51 | 自分のこと  

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