2008年 02月 01日 ( 1 )

 

じつは昨日は…

大きな湖のほとりの古いホテルで、ささやかだけど手作りの

パーティーのような結婚式をあげて、昨日ではや25年。

銀婚式とやらを迎えました。

娘たちは「なんかせんの~?」とか言ってたけど

お金もひまもないし、おまけに私はまた体調をくずしており、

結局次女と三女がガトーショコラを焼いてくれたのをみんなで

食べながら昔話。ダンナが「まあ色々大変やったけどおまえたち

産んでよかったよ」と言うと、物事を深く考えるのが苦手な三女が

「えっ、お父さんが産んだん?」

「バカ!おれは種をまいたんや。これが結構たいへんでなあ。

どういうふうに大変かと言うとやなあ…」

だれか、このエロおやじを止めてくれ~

これがあの今でいうところのイケメンの25年後のなれのはてか。

次女は「今夜はゆっくり25年を振り返ってくださいね~」と

ウキウキしながら飲み会に出かけ、小学生は寝る準備をし、

受験を控えた三女は、実態を伴わないように思えなくもない様子の

わりに、やたら「受験生は大変や。勉強、勉強」と騒がしい。

久しぶりにダンナとリビングでくつろいでいたら、やっと長男の帰宅。

その長男曰く、牛乳好きの自分にとって牛の体調はすぐさま自分の

テンションに影響するらしい。毎年牛乳の脂肪分が高くなるのが

11月から12月らしく、自分もそのあたりが一番調子がいい。

よってこの頃の自分のテンションの低さは牛の体調がいまひとつ悪いから

だ、というのだが、いかに。

私には、センターが終わりちょっと気持ちがゆるんでいるとしか思えないの

だが、いかに。ダンナは私にむかって

「おい、明日みどり牛乳に電話して、牛にがんばるように言っとけよ」

いやいや、長男に気合入れた方がいいんやないかい。

銀婚式だというのに、もうちっとましな話題はないのか。

マラソンでいえば、ちょうど25年は折り返し地点か。

ここまでを振り返ると、一緒に走ってきたつもりが、ダンナは

いつのまにか私のコーチになり、「オレのように走れ」と

沿道で指示しながら走ってて、私はその期待に応えようと必死で走ってた。

それが折り返し地点のちょっと手前で、いっしょに走るってそんなんじゃない

って気付いて、立ち止まった。

試行錯誤のうえに、たどりついた結論は、とても簡単なこと。

相手の苦しみを考えてあげること。人がミスをするとすぐカーッとなって

追求するダンナ。私はそれがいやでたまらない。でも、それはダンナが

責任感が強くて、全部自分がその責任を取ろうとするから。でも、

ほんとのほんとはその責任から逃れたくて仕方がない。いつもその

ギャップに苦しんでいるのが本当の姿だと思うと、すぐカーッとなって

わめくことも許してあげられるし、自分も一緒に責任がとれる人間に

成長すればいいと自分自身の問題にも目がむけられる。

私は大雑把な性格で年がら年中ミスだらけ。そして能天気なので

あまり落ち込まない。っていうか、すぐそれがどうした!と開き直る。

ダンナはこれがいやでたまらないらしい。でも、この人はこの人なりに

不器用だけど一生懸命やっている。細かいことが苦手なら

自分が代わってすればいい。相手に期待しない。

あんまり細かく考えなくてもどうにかなるんだ、

失敗したらその時一緒に考えればいいと思えるようになってきた。

すると今までカーッとなってたことも笑って見過ごせるようになった

と言います。

25年かかって、ようやくこういう境地にたった私達ですが

これならこの折り返し地点からもう一回一緒に走っていけるね、と

これからもよろしくお願いします、と真面目な話もしながら、

昨日は眠りにつきました。
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by morinotomosibi07 | 2008-02-01 13:13 | ダンナのこと