「ほっ」と。キャンペーン

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彼女の名はアナ

ホームステイ一日目は、県庁前でコインブラの方々の到着を待つことから始まった。

ドキドキしながらも、到着時刻が随分下がるってことなので、県庁内をレイとミーコと

ウロウロ。案内板を見ながら「これこれ、この教育委員会って今忙しいんやろ?」と何回も聞く

レイ。「行ってから直接聞いてみたら?」と言ったら、まんざらでもなさそうに「行っていいん?」

ほんとに行きそうな雰囲気だったので、「今はやめとこうか」と言った。次にドナー登録の用紙を

どこからか持ってきて、「これこれ。ドナーになったら死なんといけんの?」 と聞くので

「いやいやそうじゃなくて、自分がいつか脳死状態になったとき、臓器とか提供しますよってこと」

するとレイは「ふーん。おかあさんは私がドナー登録するって言ったらどうする?いい?」

「うーん、難しいなあ。」と答えに窮した。脳死状態のわが子を死んだと思えるか、

いや思えない。自分のことだったら、回復する見込みがないときはどうかもうあきらめて

好きに使ってくださいって言えるかもしれないけど。(うーん)なんて考えていたら、ご一行さま

のバスが入ってきた、と連絡があった。

バスから次々にポルトガルの方が降りてこられて、緊張が高まる。ポルトガル人の

世話人みたいな人と日本のツアコンの人が、ステイされる人とホストファミリーの名前を

読みあげて、ちょっと感激的な出会いの場と化す。そのなか、ダンナと子供たちは、

「おっあの姉ちゃんかな?いや違ったか。」 「ウチはきっとあの人やと思う。あの人やったら

いいかな」 「おいおい、かっこいい青年もおるぞ。どこの家庭に行くのかな。おっあの家の

人か。おばさん、うれしそうやな」  (ええ、ええ、うれしいでしょうよ。あんなイケメンのお兄さん

来てくれるんだったら。)と思った。勝手に盛り上がってるダンナたちに「ちょっと静かに!」と

注意しているとウチの名前が呼ばれた。「ほーら、やっぱりあの子や」といつになく積極的な

ダンナ。紹介されたのは、19歳のとってもかわいい女の子。呆然とながめてたら、ダンナが

すかさず英語で挨拶をして、握手までしてる。子供達も。完全に出遅れた私は、

「ナインティーン?」と唐突な質問。それに彼女は「イエーッス。」と言って、続けてなにやら

ベラベラ言ったがわかるはずもない。「うん、うん」と訳のわからない返事をしたら、首を横に

振って心なしか悲しそうな顔をした。ダンナは彼女の手荷物を持ってあげて、

「ユア バッグ オンリー?」って聞いた。すると彼女はバスの横の大きなキャリーバッグを

指差した。「OK,OK」と言いながらダンナはそれを持ち上げて歩き出した。

彼女が「いやいや、コロコロがついてるから、ころがせば」と英語で言った。いや、そう言ったに

ちがいない。私だってそう思ったんだもん。「おい、ころがせよ!」って。私が日本語で言った

にも関わらず、ダンナはその意味がわからないらしく、車のところまでそのバッグを持上げて

運んでいった。ものすごいスピードで。(やばい。完全に舞い上がってる)そう思った。

「ねえ、ねえ、ここからウチまで30分はかかるよって言ってあげてよ」とダンナに言うと

カバンを降ろして、「えっ。待て待て。えーっと」と言いながら、なんか説明し始めた。

ここでひとつわかった。英語があまり通じない。ダンナは一応日常会話くらいは話せるようだが

それがスムーズに通じない。彼女は英語はそんなに得意ではなそうなのだ。そういえば、

バスから降りてきたとき、巻き舌で明らかに英語ではなそうな言葉が飛び交っていた。

ツアコンの人は英語で説明するんだけど、なんか大変そうだった。ポルトガルだもの。

車に乗り込んで出発して、興味深々な私たちは、矢継ぎ早に質問。いや、ダンナを通して。

「たまには自分で聞いてみろよ」とダンナに言われたけど、無理やわ。聞きたいことがいっぱい

あったり、なにより彼女が何も心配しないでリラックスしてほしいとだけ願ってるということ

をなんとかして伝えたいんだけど、難しい表現はダンナには出来ないし、彼女にも伝わりにくい。

(もっと英語勉強しとくんだった。ポルトガル語をちょっとでも覚えとくんだった)と思ったが遅い。

遅すぎる。そして、遠くフィジーでホームステイ中のエリさんのことがチラと頭をかすめた。

依然として連絡はないが、あちらでどんなふうにお世話になってるんだろう。

家までの道のりがとてつもなく、長く感じた。彼女のほうこそそうだったに違いない。

そして、家に入り、改めて自己紹介。彼女の名前は、アナロッサ。「アナと呼んで」と言われた。

そして、またここからが大変。ていうかおもしろかった。つづきはこの次に。

今晩は、アナの所属する「コインブラ吹奏楽団」のコンサートに行く予定。アナは今ごろ

リハーサル中だ。私もリハーサルするかな。
 
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by morinotomosibi07 | 2008-10-04 13:32  

6人6様

昨日は昼休みが長かったので、なんか「家仕事」をしようと思って、色々考えた結果、

ランチョンマットでもつくるか、ってことになった。

レイとミーコも誘って、ハギレのなかから、好きな布を選んで、まずはデザインから。

これが面白い。少ない布を使っていかに有効にそしてかわいく作るか。その時点では

だれもミシンをうまくあやつれるかどうかは二の次だった。もっとたくさんの布があったら

どんなにこの場が楽しいだろう、と言いながら、パズルのように布をあっちにやったり、

こっちにやったり、ラジバンダリ!!(このギャグがわかる人はかなりのお笑い通です)

エリさんが途中からやってきて、「なにしてるの?」と言うので、私は得意気に

「ランチョンマッチョつくりよん!!」と見事に噛んでしまった。「ランチョンマット!!」

と鋭くレイにつっこまれた。「そうよなあ。マッチョってなあ。そんなランチョンマットって

いやよなあ。ご飯食べようと思ったら、マッチョな人がやってきて、その人の手の上に

食器おいてくれる、みたいな。私がランチョンマッチョです!みたいな」

しばらく笑いが止まらなくて、作業はいっこうに進まない。

でも、ふだんそれぞれが思い思いに過ごすことが多い休日の昼間。こうしてみんなで

ひとつのことをするのは新鮮だった。デザインが決まって、いよいよミシン。(ここはひとつ

ビシッと決めないとな)とドキドキしながら、「おかあさん大丈夫?」と心配そうなミーコに

「簡単、簡単」 (とにかく真っ直ぐぽく縫えばいいんや) いけー!!

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   6人6様のデザイン  なんとか形になった。いつものご飯のときにこういうのがあるだけで       気持ちが和むな、とダンナが言ってくれた。
     そして、改めて手作り作家さんはすごいと思い知らされる。
  
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by morinotomosibi07 | 2008-09-22 13:48  

ユリ氏の野望

この前から登場していたイケメンのお兄さんは、カメラマンのSさん。

三女ユリ氏のポートレイトの撮影をお願いしていた次第。ユリ氏には大いなる野望があって

その第一歩をようやく踏み出そうとしているわけで。

なにかあるといつも「おかあさん、これどうしよう…どうしたらいいと思う?」と自分の頭ではなく

他人の頭に頼るユリ氏。「なあ、親分。相談なんやけど…」と姉のエリにはもちろん、最近は妹

のレイにまで頼るもんだから、自信過剰気味のレイの思うツボにはまり、ここぞとばかりに優位

に立ったレイの餌食になっている。だから、ユリ氏が自分の頭をもっと使うようにしなくちゃと、簡

単にはユリ氏の相談には乗らないことにしようと決めた。人の意見に素直に耳を傾けるっていう

のは、いいことなんだけど、裏を返せば自分の意志が弱いってことも言えるかなと。そんな優柔

不断なユリ氏だけど、ひとつだけ、迷わないところがある。

それは人に対する態度。たとえば、いくら仲のいい友達でも、その子の言動や態度が許せない

って思ったときは、はっきりと宣言する。「人の陰口はやめようや。」とか「やるべきことは

ちゃんとやろうや」とか「約束は守ろうや」とか。そういうことを言ってるのを電話で聞いたことが

あって、(わっこいつ厳しいこと言うなあ。ぎくしゃくならんのやろうか)と心配になった。

案の定、しばらくは気まずかったり、ユリ氏が孤立したりするんだけど、時がたつと何事も

なかったかのように元に戻っている。そして、前よりお互いのことがわかった風になっていて

ただの仲良しこよしじゃない、ちょっと危なげだけどどこか深い感じでつながってるように

見える。小さい頃にレストランで隣で煙草を吸ってた女の人に「煙たいんですけど!」と言い放ち

煙草を消させたこともあった。あるときは、近所のおばさまに「まあ、ユリちゃんはかわいいの

ねえ。今度うちに泊まりにいらっしゃいな。お菓子いっぱあい用意しとくから」と言われ、

次にそのおばさまと町内の会合で顔を会わせる場所に、どうしても行くと言ってきかないユリ氏

を伴って出かけた。きっちりお泊まりの用意もしている。「今日どうしても泊まるというもんです

から…」と言うと、おばさまは顔をひきつらせて「あら、ユリちゃん本気にしてたのね。うれしいけ

ど、また今度ね」と精一杯の笑顔。そこでユリ氏はあろうことか、

「ウソなら初めから言うな!大人はウソつくんやな!わかった」 「ウ、ウソじゃないのよ。また今

度。ねっねっ」

時すでに遅し。そんな大人を許せるユリ氏ではなかった。元々人見知りで臆病なユリ氏に

とって、大好きなお菓子がしこたま食べられるからと言って、人様のお宅に泊まろうと決意する

には、並々ならぬ努力がいっただろうとは思うけど、単にお菓子に釣られたってことで、そう褒め

られたもんではないはず。でも、私はその時の小さなユリ氏を見て(正論だ)と思った。

それ以降、大人たちがいろんなところでお愛想に「まあ、ユリちゃんかわいいのねえ」と言って

も、(うそつけ!)と言いたげな目でギロリと大人を睨みつけるユリ氏だった。でも、あのおばさま

は、それから後も遠慮気味にだけど、「ユリちゃん、ユリちゃん」と声をかけてくれたので、

だんだんとユリ氏も打ち解けて、笑顔の苦手なユリ氏が不気味に微笑むようになった。

「私は一旦その人のことを嫌いにならんと友達になれんのや」と哲学的なことを言うユリ氏。

それは一見人付き合いが下手で、クールに見えるユリ氏が、ほんとは懐の深い、その深い

ところで人を受け止めようとするためかもしれないと、浅いところで人を許せない私には

今のところそこらあたりまでしか、ユリ氏を理解できていない。

小さい頃の写真やビデオには、ひとつとして笑った顔がないユリ氏。今回も笑顔の写真が

一枚もなかったけど、イケメンSさんといつのまにか心通わせ、いい写真ができたよう。

さすが、プロは違うなあ。ユリ氏もいつか何かしらのプロになってくれることを祈りつつ、

できあがった写真を何回も眺めている。
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by morinotomosibi07 | 2008-09-19 11:04  

リーマン問題

昨日は、ひどく疲れてしまって、夕飯づくりにいまいちテンションがあがらなかった。

それでもなんとかしようと、長いこと冷蔵庫を覗き込んだり、目を閉じてイメージトレーニング

みたいなことをしてみたり。これって、心を落ち着かせるためにいいってことの他に、脳を鍛える

のにもとってもよさげだ。それと、またもや気付いてしまった。料理の出来上がりをイメージしな

がら、(うまくいく。うまくいく。)とマインドコントロールすると、コンディションがイマイチでも

精神力でなんとかなる。(スポーツ選手がイメージトレーニングするのって、こういうことか)と

スポーツ音痴な私なりに、ちょっと理解してみた。するってえと、私にとっては、料理はスポーツ

みたいなものか。子供達が喜ぶ顔が見たいのは言うまでもないけど、私にとってのもうひとつの

喜びは、ダンナに(まいりました!)って、言わせること。だから、(負けるもんか)とやたら力が

入る。昨日の勝敗は…。「今日は勢いがないなあ」と言われてしまって、私の負け。

(チッ!連勝ストップか)

しかも、いつもはご飯のときにはテレビはつけないけれど、「リーマン」の問題が気が気じゃない

ダンナはニュースを食い入るように見つめている。子供達も「これって大変なこと?」と

興味津々。私は、「りーマン」って「サラリーマン」の略ぐらいにしか思わなかった。

安泰とはいかないけれど、今のつつましい生活がもう少し続けば、子供達を育てられるかな

と、そのぐらいしか考えてないけど、その先、子供達が一歩踏み出した社会は、どんなに

なるのだろう。この子たちの子供はどんな社会で暮らすのだろう。その子供は…。

そう考えると、今の出来事をしっかり伝えていかなければならないのかな。

「サブプライムローンって何?」としつこく聞く末っ子ミーコに、一度ちゃんと説明しなければ

と、二杯目のご飯をほおばりながら思った昨夜の夕げだった。

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豚肉の野菜ロール、ナスとピーマンの甘辛煮ホワイトソースかけ、大根と生ハムのサラダ、なし
汁物までたどりつかなかった。
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by morinotomosibi07 | 2008-09-17 10:29  

またかよ

でね、で、結局昨日の夜、ダンナとまた口論になってしまい、寝たのは午前3時。

そして、6時には仕事に出かけたので、きついっす。

昼休みに戻って、バタンキュー。末っ子ミーコが爆睡中の私の耳元で「友達とコンビニ

行ってくるから、おこづかい頂戴ね。あとでいいからね」 「…ん。わかった」

しばらくしてまたミーコがやってきて「あのね、今から志高湖行ってくる」 

「…ん。いっておいで…」  そこで、ハッと目が覚めて、「ちょっと~ミーコ!どこ行くって?」

心優しい友達のおかあさんが連れてってくれるそう。よかった。よかった。

で、また睡魔に襲われ、爆睡。(ミーコも大きくなったもんだ)と一抹の寂しさを感じながらも、

また深い眠りに落ちた。

昨日のドライブは久住高原。るりあざみの花が美しかった。

夜子供達の小さい頃のビデオを見て、あまりのおもしろさとかわいさに笑い転げて

涙が出たけど、ほんとはちょっと泣きたいような気持ちだった。

そんなシーンが夢を見ているように頭に浮かび、まさに夢うつつの昼下がりだった。

ぼーっとした頭を抱えながら、夜は乏しい食材を工夫して料理に挑んだ結果、

出来上がったのは、大根のステーキ、人参と牛肉の金平、オクラのパン粉焼き、

お好み焼き風卵焼き、さといもまんじゅうのあんかけ。

何事もなかったかのように、いつものようににぎやかな食卓。今日の話題は

性同一性障害についてだった。
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by morinotomosibi07 | 2008-09-07 21:20  

もうひとりのケイちゃん

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今日の昼ご飯は、豚肉のしょうが焼き丼とオムソバ。残り物も利用して、ささーっと料理。

ちょっとヘビーか?ペロリとたいらげ、(牛になるぞ~)と思いつつ、30分だけ昼寝。

その後(よし、やるか!)と大量の洗濯ものを乾かしに、コインラインドリーへ。

ミーコとアイスを食べながら、乾くのを待っていた。(また食ったのか)

そこへ、ドヤドヤとどっからみても野球選手たちがが手に手に洗濯物を抱えて入ってきた。

見ると、甲子園に大分代表で出場した日田林工の選手たち。「ちーっす!」と

元気のいい挨拶。そうそう、小学生の頃ケイさんといっしょに少年野球に入ってたあの子が

いるはずと、目で追っていると、懐かしい見覚えのある顔が。「ケイちゃん…」

うちの息子と同じ名前。驚いて振り向いたケイちゃんは、ニコッと笑い、「ああ…」

「あんた、立派になって。甲子園行ったんやもんなあ」と私はあまりのうれしさに

気がつけば、ケイちゃんの二の腕をスリスリとさすっていた。ケイちゃんはいやな顔ひとつ

せず、「ありがとうございます。」 ダラダラと溶け出したアイスを思わずギュッと握り締め、

「がんばりよ。ケイちゃん。応援しよんけんな」 「ありがとうございます!」とさわやかな

笑顔でケイちゃんは、バスに乗り込んだ。それほど大きくないむしろ小さいと言える体格の

ケイちゃんだけど、一年生のときから、抜群の守備とセンスをかわれ、レギュラーに。

昔から人一倍練習してたその努力が報われたんだ。ご両親も陰から我慢強く

支えてらした。彼のおかあさんはいつもニコニコと笑っていて、そのひとなつっこい笑顔は

ケイちゃんそのもの。なにもかも報われた思いで、(ケイちゃんあんたは親孝行できたね)

と今度会ったときはそうやって声をかけようと思った。

仕事の合間のバタバタと忙しい昼下がりに、一瞬気持ちのいい風が吹きぬけたように、

とってもさわやかな気持ちになって、ふっくらとしあがった大量の洗濯物を「エイっ」と

持ち上げた。

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こっちは、夕飯。網焼きステーキのキノコソースとモロヘイヤのスープ。

「もうちょっといい肉だったら文句ないんだけど…」 「贅沢言うな!」とみんなから

つっこまれて「いやあ、おいしいよ」と満足気なダンナ。安いお肉も網焼きにして、上にいろんな

野菜をのっけたり、ソースを工夫すると(何とか風)みたいになっておしゃれな感じでおいしく食

べられて、なんの文句があろうか。お肉の下には丸ナスの輪切りをスープで蒸し焼きにしたのを

敷いて、ボリュームを出す努力もしてみたんだからな。
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by morinotomosibi07 | 2008-08-31 20:24  

よいお年を!!

今年も残すところ、あと数時間。皆様どのようにお過ごしですか。

今日の夕飯は、「鯛めし」に挑戦して、意外と簡単においしくできたし

おせちとお雑煮の用意もすませたので、今年はいつになく

のんびりムードです。次女エリさんは、クリスマスにチョコタルトを作ったのが

思いのほかうまくいったのに味をしめ、なぜか必死でクッキー作っています。

三女以下の女の子達のおしゃべりはとどまるところを知らず、

久しぶりに一緒に食卓を囲んだ長男ケイさんも最初はおなか抱えて

笑ってたけど、つきあってられねえ~と早々と退散。

テレビはほんとつまらないので、ダンナとDVDでも見ようかなと

思ってるところです。

こんなふうにのんびりとお正月を迎えられるのは何年ぶりでしょう。

にぎやかさに加え、大きな転機や数々の困難が訪れたここ数年。

でもようやく嵐が過ぎた後のように今はおだやかな日々。

それもこれもたくさんの人に力を貸していただいたお陰と

心から感謝しています。

来年はどんな年になるにせよ、今年築いたいろんな基盤のうえに

明るい希望と夢を胸に、またなにかを築いていけたらいいなと

思います。皆様もどうかよいお年を!!
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by morinotomosibi07 | 2007-12-31 20:28  

まちの記憶に会いに行く

記憶のなかにある街は、大きな道路に車が行き交い、

数分ごとに電車が走り、飛行機が低く飛ぶ、騒々しい街。

それでも小さい頃は、あちこちに田んぼが残り、川が流れ、

小学校までの一本道は、とても長く感じた。

毎朝同じ道なのに、母に叱られてとぼとぼ歩く日や、友達が病気で

休んだ日や、パッツンパッツンのおかっぱ頭を男子にからかわれて

くやしい気持ちで歩く日は、見える景色が違ってた。

案の定、学校では、体操服忘れて、体育できずに体操座りで見学

させられたり、姿勢が悪いと先生に大きなものさしで背中をバシッと

されたり、給食をたべきれずに、一人だけ掃除時間も食べていたり、と

なんやかんやの事件に巻き込まれ、やっぱり同じように流れる時間なんて

なかった。だけど、夕飯までの長い長い放課後は、毎日毎日、路地で

ビー玉やゴム飛びして、それに飽きたら川に行って、亀をつかまえて、

それをあれは確かさゆりちゃんのママにいつもいつも見つかって、

「こらー、あぶないよ~」って。家に帰ったら、母に「あんた、また川に入ったやろ」

おばさん、今日もチクッテる。


どんどん田んぼもなくなり、川も汚水であふれるようになり、遊ぶ場所も

なくなったけど、セーラー服で通学途中、記憶のなかのその街へ、いつでも

タイムスリップできた。土曜日のお昼は迷わず、友達とお好み焼き屋さんへ。

話題は好きな男子の話とアイドルの話。「昨日チューしちゃった!」っていう

友達の話に腰が抜けそうになった。


高校は珍しく私服OKの学校だったので、自習時間に抜け出して

紅茶専門店で、生意気にカリプソ・ティーとやらを注文した。

ちょっと郊外の素敵な素敵な街。


今のだんなと知り合った街は、いまでも一番大好きな街。

何度も何度も通った、路地裏の洋食屋さん。中華街。

山の手のBAR。海沿いのレストラン。小さなパン屋さん。

でも、地震でみんな粉々に。


はるか昔のことだけど、今も記憶のなかにある街は、どれも鮮明に

残っていて、目を閉じれば、いつでもその街をフワフワと散歩できる。


ここ別府は、家族と必死で生きた街。と、80位のおばあさんになった時に

思い出すだろう。山の緑やあふれ出しそうな海や、湧き出る温泉に

身も心も癒されたことを。なつかしい路地裏や古い建物にドキドキしたことを。

シャイで優しい人たちに励まされたことを。

今はまだ無我夢中。振り返る余裕はないけど、

ひまな時、別府の街をブラブラ歩いてみよう。

あとで思い出せるように、記憶のなかに閉じ込めるようにして、

お散歩してみよう。


「まちの記憶に会いに行く」 という、別府の路地裏おさんぽのガイド本が

発売されました。(一冊300円) 

「BEPPU PROJECT」の方たちが、女性ならではの

素晴らしい感性でつくられた素敵な本です。

当店にも置かせてもらっています。本を片手に、別府の街を

お散歩してみませんか。

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by morinotomosibi07 | 2007-07-19 13:36