カテゴリ:自分のこと( 96 )

 

さよなら、ター坊

ター坊が死んじゃった。57歳だったんだって。

元祖ジャニーズ系のアイドル、今のSMAPどころの人気じゃない、

一世を風靡した、その名も「フォーリーブス」

そのメンバーだったター坊。


4人のメンバーの中では私は、公ちゃんが好きだった。他の3人は明るくて、

よくしゃべって、まさに「アイドル」って感じだったんだけど、公ちゃんは寡黙で、照れ屋で

歌とかもあんまりうまくないんだけど、踊りはピカいちだった。

もともとそういうのがタイプなのか、たとえば「タイガース」のなかでは、

トッポが好きだった。それから、新御三家のなかでは、野口五郎。

要するに、ちょっと暗い感じの人が好きってことかな。

ター坊は、さわやかで、歌がうまくて、もちろん踊りも正統派。きっちり綺麗に踊る。

その頃中学生だった私は、ター坊を見るたびに、「こんな先生が体育の先生だったら

いいのになあ」と溜め息をついたもんだ。

そして、体育の時間に、先生の目を盗んでは、友達と彼らのマネをして踊ったもんだ。

~僕から逃げようったってダメさ。逃げれば逃げるほど僕に近付くってわけ。

だって、地球は丸いんだもん~♪地球はひ~とつ~みんなのち~きゅう~♪

だったっけ?友達と歌って踊って盛りあがったもんだ。

~♪ノンノンノノンノ~ノンノンノンノノ~♪  そこしか思い出さないんだけど、

その歌のその部分のステップがかっこよくて、友達とああでもない、こうでもない、

とマネして踊ったなあ。こわいこわい体育の女の先生に「そこの4人~!!

その妙な動きはなんだ~」とよく叱られたなあ。


はるか数十年前の私の青春の始まる頃の出来事。昨日の出来事や携帯や鍵の

置き場所はすぐ忘れてしまうくせに、あの頃のことは、あれやこれや鮮明に

思い出すことができる。昭和のあの時代。

平成ももう21年生きてきたわけだけど、これからも平成を生きていくんだろうけど、

やっぱ私は昭和の人間なんだ。フォーリーブスや新御三家が毎日テレビで歌ってた

あの時代が私の時代。毎日ワクワクしていたあの時代。

それがター坊が死んじゃって、フォーリーブスから一人いなくなっちゃって、

と思うと、思い出のなかのター坊も消えてしまったみたいで、

3人じゃダメだ!と慌てて首を横に振る。私の時代には、ター坊がちゃんといたのに。


まるであの頃が今も続いているような気持ちで、ター坊のことを思った。

ター坊、私の青春時代にあなたに会えて、ほんとによかった。

公ちゃんのことが好きだったけど、あなたは私には手の届かない憧れの人だった。

ター坊、あなたはステキだった。ありがとう。ター坊。そして安らかにお眠りください。

ター坊のこと、ずっとずっと忘れないよ。
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by morinotomosibi07 | 2009-01-30 10:37 | 自分のこと  

今年のテーマ

今ごろになって、ちょこっと2008年を振り返って自分のことを言いあらわすと

「不安定」  これです。

良く言えば新しい部分も見えたりして、なんとかそれを生活のなかや自分の一部として

位置づけようとはしたけれど、長続きせず、放り出す。この繰り返し。

ダンナから言わせれば、私は「反省しない女」らしい。

そうかもしれない。いや、そうに違いない。

なので、今年のテーマは「反省」にすることにしようと思う。


昨年後半ぐらいから、続いているといえるのは、「読書」

知り合いの小春さんの影響から、少しづついろんな本を読み始めたら、

これがやめられなくなってしまい、いまや1日1~2冊の割合で読んでいる。

ただ、小春さんのようにうまく感想を述べられないのだけれど…。

図書館で借りてくる本がほとんどなのだけれど、昨日読んだ本でおもしろかったのが、

群ようこさんの「あたしが帰る家」と「おやじ丼」  「あたしが帰る家」は、時代設定が

私の子供時代にドンピシャなので、まさにツボ。ほんとにツボ。「おやじ丼」は

「いや~いるいる。こんな人~」ってかんじで、読んでてつい顔がにやけてしまうので、

なるべく家に居る時に読みましょう。群ようこさんといえばあの「かもめ食堂」を

書いた人なので、ストライクゾーンの広い作家さんだなあと思った。

重松清さんの「卒業」。このなかの「まゆみのマーチ」。子供の不登校が大きなテーマに

なった一編。色々考えさせられた。私自身もどこかワクに収まらない子供だったので

学校に行くのが苦しかったことがあったし、親になってからは子供の不登校も経験した。

なので、読みながら苦しかった。まゆみちゃんの気持ちを考えると、やりきれなかった。

まゆみちゃんの両親や兄の気持ちもよくわかるので、つらかった。

なんか、声をあげて泣きそうになった。いい本だった。

ね、うまく感想が言えないでしょ。だから、よかったら読んでみてください。


私は子供の頃は、本が大好きで、放課後学校の図書室にいっちゃあ、本を読んでいた。

「アンネの日記」を読んだ時は、足が震えるくらい全身にものすごい衝撃が走ったのを

今でもはっきり覚えている。学校の帰り道、夕方のうす暗い道をガックリと肩を落として

トボトボと帰った。いいようのない恐怖と絶望感で、自分にも未来なんかないんじゃないかと

思えるほどだった。家に帰り着くと、母が例の調子で「また、寄り道したんやな。何回言っても

わからん子やなあ。はよ帰ってきなさい!!」と怒鳴る声が遠くに聞こえた。

題名は忘れたけど、「自分の首から上を他人と取り替える」みたいな妙な本にもはまった。

そんなことありえないけれど、手術で上手い具合に頭だけ変えるのだ。

その本を読んでからというもの、私は友達の顔を見ると、(どの子だったら取り替えても

いいかな…かわいい子がいいな。いや、頭のいいアノコにしよう)などと、

恐ろしいことを考えたものだ。

「ドリトル先生」シリーズも好きだったし、「東海道中膝栗毛」も好きだった。

中学生の頃は、「森村桂」や「落合恵子」のエッセイに夢中になった。

それから今もあるのだろうか、「小説ジュニア」という月刊誌もせっせと買っては

読んでいた。

母に「また本読んでる~目が悪くなるからやめなさいって、いつも言ってるでしょ!!」

と怒鳴られながら、ヒマさえあれば本を読んでいた。確かに目は悪くなったけど、

私だったら、「本を読むのはいいことやねえ。」って褒めてあげるのにな。


今は末っ子ミーコと図書館に行くのが慣習になり、最初は私のまわりをウロウロしていた

ミーコも、子供コーナーに直行して、本を選んでいる。私が自分の借りる本を持って

そこへ行くと、ミーコは机について本を読んでいる。チラっとこちらを見る目がちょっと

誇らしげだ。

さっ、今日もそろそろ図書館に行くとするかな。
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by morinotomosibi07 | 2009-01-10 13:31 | 自分のこと  

がんばれ、真央ちゃん

職場でのクリスマスのイベントのためのたくさんの料理を作り終え、次の日は大掃除。

そして今日はわが家の大掃除に、夜は気のおけない人たちと忘年会。

慌しいのは毎年のことながら、気持ちはなんかパッとしない。

今日の忘年会もいまいち乗り気にもなれず、しかしながら今日は私の料理当番なので

夕飯の準備でもしておくか、とリクエストのあったコロッケ作りにとりかかった。

ジャガイモを洗って、お鍋に火をつけようと、コンロをひねったら、「ボッ!!」とオレンジ色の

炎が点火した。その暖かさでちょっと気持ちがやわらいだ。

ジャガイモがゆであがる横でタマネギとひき肉を炒めていたら、

「ボコボコッ」というジャガイモの音と「ジャー」というタマネギの音とオレンジ色の炎が

妙に優しくて、自分の中でフル回転だった頭が少しづつスピードを落としていくようだった。

まだ明るい陽のさす小さなキッチンで、家族のためのちょっぴりの料理を作っていると、

まるでおままごとのような気がして楽しくなって、昨日の夜つくった発酵がいまいちな

ピザ生地を取り出し、(どうにかなるさ!)と具をトッピングした。

いつもこうありたい、と思うには思えど、誰かが私を何かが常に追い立てているような

ハラハラドキドキのこの小心者のハートは、きっと家族にとっちゃあ、甚だ迷惑だろう。

フィギュアスケーターの浅田真央ちゃんは、その演技もさることながら、

私がいつも感心するのは、演技を終えた後のコメント。彼女の口から出る言葉は

人に向けられたものではなく、常に自分に向けられたもの。どんな時も自分の課題や

目標がはっきりしていることが、彼女の言葉ひとつひとつに現れている、ように

私には聞こえる。どんな平凡なインタビュアーの質問にも、まったく自分の軸が

ぶれないで、むしろそこからさらに問題をはっきりさせようと答えを考えて、

質問に答えている。そんななにげない言葉に私はハッとする。

いまだ自分の軸がはっきりとしない、自分の課題にも向き合えない、このまま

今年の終わりを迎えてしまうそんな自分に、来年こそは、と誓うことにするか。

そして、今日も酔っ払いながら、真央ちゃん応援しよう。
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by morinotomosibi07 | 2008-12-27 16:29 | 自分のこと  

胃カメラ

ストレス、っていうのは、頭で感じてるうちはきっとまだいい方だろう。

「あ~イライラする~。そして、なんか落ち込む~」などと思えるうちは。

体に支障をきたすようになると、ちょっとヤバイかも。

私の場合、胃に来る。いや正確には十二指腸だ。最初は、(食べすぎか?それとも

風邪からくる胃腸炎か?)と思っていたら、背中に激痛が走り出した。

ダンナに言うと「そりゃ潰瘍だな」  今のところ、市販薬でごまかしてはいるが

病院に行ったほうがいいことはわかっている。そう言うと、ダンナは「100%胃カメラだな」

と言うので、それを考えたら、またストレスで背中に激痛が走る。

十数年まえ、転げまわるほどの激痛に襲われ、病院に行ったら、胃カメラの検査が

必要と言われたことがある。ダンナに「明日胃カメラだって」と言うと、

「心配しなくとも大丈夫。あんなのたいしたことないって。オレもしたことあるから」と

言うので、半信半疑のまま、病院に向かった。

もともと病院嫌いなうえに、お医者様には誠に失礼ながら、

(初対面のあなたに、この私の苦しみがわかるのか?一体私に何をしようってんだい!)

と不信感丸出しの顔で睨みつけてしまう悪い癖が私にはある。しかも、胃カメラを

飲みやすくするとかで、注射されたり、薬をいっぱい飲まされちゃあ、正気でいられる

方がおかしくないか。いよいよ飲み込むだんになって、私は我慢の限界を超えてしまって

体が固まり、何も聞こえなくなってしまった。「おやおや、どうしましたかあ?力抜いてね~」

と言われても、涙があふれるばかり。ベッドのまわりは白衣を着た先生やら看護婦さんやら

が何事かと、ズラーっと取り囲み、私を覗き込む。(だから、その白衣を着たあなたたちが

嫌いなんだって!)と心の中で叫びまくった。「はい、力抜いて~」と言いながら

太い管をどんどんを差し込んでくる。(これ以上何かしたら、許さないからな)と、

涙目で訴える。

「はいすぐ終わりますからね~ほら中の様子見えますか?」と画面を指差すけれど

そんな余裕がないことくらいわかるだろう。でも、「なんか大変な患者さんですね」と

誰かがつぶやいたのははっきり聞こえたぞ。

家に帰って、ダンナに報告すると、「エッおまえほんとに胃カメラ飲んだん?すげ~

オレは怖くてできんかった」 なんだと~。たいしたことないって言ったじゃないか!

「いや、そう言うとお前びびるやろ。だから言わんかったけど、オレなら絶対断る。あんなもの

喉から入るわけないやろ」

その時もやっぱり十二指腸潰瘍だと言われたので、それはそれで納得できたから

いいんだけど、ダンナのことは許さない。

いつだったか次女エリさんがやっぱり胃カメラを飲んだことがあって、

その時は管も随分細くなって、軽く麻酔もかけてくれたらしく、寝ている間に終わったって

感じ、なんて言ってたから、今はそんなに大変じゃないのかも。

いずれ検査しようと思うけど、その時は、随分前から胃の具合が悪いダンナも

いっしょに連れていくつもりだ。
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by morinotomosibi07 | 2008-12-19 17:06 | 自分のこと  

福岡の旅

急遽思い立って、ダンナと2人で福岡へ一泊の旅へ。

まずは「うきは市」へ。職場の若い女の子に「CJO見ました~?」と聞かれ、

「も、も、もちろん!!」 「うきは市いい感じですよね~オレンジページでも特集されて

ましたよ~」 「…あっ、そこね(見てないし)」

私が見たのは三女ユリ氏がかの大学の学園祭で取材されて、それが掲載されてた

ページだ。なんか若干気合が中途半端な感じで写ってた。それをコンビニでチラッと

見ただけだ。「なんかいい感じのお店がいっぱいありそう!!行ってみたいですよねえ」

なあんて言うもんだから、前から博多に会いたい人がいるので、いつか会いに行こう!

ってダンナと言ってたのを思い出し、それとなくダンナに今週はどうなの?とアピール。

すると、「じゃ明日行くか」ってことで金曜から出かけたわけで。

そして、「博多に行くまでにどっか寄りたいところはあるのかな」と聞かれ、

すかさず「うきは市!!!」  

いやあ、いい所でびっくり。とにかく昔の町並みがしっかり保存されてて、タイムスリップ

した気分。あまりゆっくりできなかったので、今度はここをメインに訪れたい。

博多に着いたものの、お目当ての人は体調を崩してて、

電話で話すのも咳き込みがひどく、お互い泣く泣く再会を諦めた。

目的を失って、ポッカリ空いた時間を2人でどうするか。これが思わぬ結果に。

夕飯はロシア料理のツンドラというお店へ。久々にちょっと贅沢しながら、子供達の

顔が浮かんでは消える。もっとがんばって、今度はみんなで来よう、とダンナと誓う。

前菜のザクースカという料理が運ばれてくる。スモークサーモンやハムや野菜の酢漬け

などが大きなお皿に二人前づつ盛られている。二人で分け合って食べる。

熱々のピロシキをナプキンでくるんで、頬張る。ボルシチも優しい味。牛肉の串焼きに

シチューのつぼ焼き。「二人でがんばったご褒美やな」とダンナが微笑む。

料理の温かさといっしょにその言葉が心に沁みた。それはまるで、二人で狩りをして

命がけで食べ物を調達し、それを平等に分け合って食べているという感じ。

そして、明日も生きていこうという、

仲間というか、家族というか、そんな本来的な結びつきのような感覚を感じながら

周りからみればきっとガツガツ食べているように見えなくもない格好で、すくなくとも

私は料理をたいらげた。若い頃は、それこそ周りが何もみえなくなるほど、目の前の

人だけを見つめて食事していたのだろうけど、今こうやって、ダンナと二人して

生きていくために必死で食べ物を口に運ぶってのも、悪くない、いや私達、動物的に

立派にツガイなんだと思うと嬉しくなってきた。「お前そんなこと考えてんの?」って

ダンナは驚くだろうけど。狩りは今まで全部ダンナにだけまかせてきて、いつだって

安全なところから、「あら、おいしいわ」と最初の頃ははにかみながら、そのうち

「もうちっとましなもんはないのか」と文句タラタラ横着こいてきたのはこの私。

罪悪感とやらで、その罪を覆い隠そうと、ドギマギしながら獲物を頂戴していたのは

この私。だから、「さっ食べようか」と言われて、今初めてまっすぐダンナだけを見つめて

ガッツポーズで「うん」と言えることの誇らしさに気がついたのは、力不足のこの私を

ツガイとして選んで信じて支えてきてくれたダンナのお陰。そして、今回のこの旅行、

そして会いたかった人がいたお陰かな。

これからもカッコ悪くても、年老いても、ツガイとして立派に二人で生きていこう。

動物として恥ずかしくないように生きていこう。がむしゃらに、生き抜いていこう。

私を私として生きていこう。今、ちょっとだけ自分が好きになりそうだ。

って言ってしまう自分がやっぱりまだまだ情けなくもあるけど。
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by morinotomosibi07 | 2008-11-29 22:51 | 自分のこと  

あなたの型は?

ガチで寒いっす!!いやあ、ここ山の上は半端ないって。

ホットカーッペットやこたつはとっくに出して、ついにストーブも出した。さあ、この先どうする?

ストーブが入ると、匂いや部屋の雰囲気が一気に冬モード。悪くはないけど、年々寒さは

身にしみるなあ。

クリスマスのお楽しみの前に、子どもたちは期末試験が待ち受けていて、それぞれの部屋から

勉強道具を持って、リビングのこたつに集合。昨日は講義がなかったエリさんが、一日中

こたつで勉学に励んでいた。エリさんの集中力はたいしたもので、昔から試験前は猛然と

勉強していた。粘りの長期集中型か。一方ユリ氏は、前回の汚名を挽回すべく、数学に力を入

れてはいるけど、一問解いては、「はあ~」と気の抜けた声を出し、エリさんに叱られては、

「よっしゃあ!!」とまた問題に取り組む。「私な、今度テスト悪かったら、自分の夢はは捨てる

ことにする。そんで、勉強に集中することにする。それくらいの勢いでがんばる!」と言うもの

の、問題の途中で早くも「はあ~」と溜め息をつく。気合いばかりが先走る気合先行型か。

レイは、部活に忙しく、帰ってからもとかくいろんな話題をふりまき、その合間にささっと

宿題や試験勉強をすませ、10時前にはフトンに入る。驚きの短期集中型か。

末っ子ミーコもいっちょ前に「チッ、明日は仕上げテストやし」と不満げ。

「勉強したの?」と聞くと、「当たり前やし」 そつのない、準備万端型か。

私はといえば、苦手な家計簿づけに精を出すものの、計画性のなさを如実に示す数字が並び、

まだまだ修行が足りぬ、と猛反省。いつまでたっても能天気な喉元過ぎれば型か。

今夜もそれぞれの型で勉強に励むはず。結果はさておき。
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by morinotomosibi07 | 2008-11-21 18:02 | 自分のこと  

みんな、ありがとう

今年も残すところあと二ヶ月。子供がらみの行事やあちこちのイベントやタイからの留学生さん

のホームステイやらでなにかと忙しく、早くも師走への助走といったところか。

天気のほうも落ち着かず、めっきり秋っぽくなったかと思いきや、ポカポカ陽気だったりで

動物として生きるための適応能力が確実に低下しているこの身には、それはけっこう

大変なことなのだ。人生50年と昔の人が言ったのはウソじゃないな。命の終焉に向かって

体は適応していってる、そう考える方がピッタリくる、そんな歳なのか。

んなわけで、気分の浮き沈みも激しく、夕方になるとなぜか悲しくなる。

それは生きる気力というか、意味というか、そこいらまで考えが及び、答えがみつからず

野菜を刻みながら、泣きたくなる。ていうか、泣いてる。

「今日はなにかな?」と覗きにやってきたダンナがそれを見てビックリしてうろたえる。

「なっなっなにがあった?」 「…」 「だまってちゃわからんだろ。言ってみな」

「…」 「いや、だから、言ってくれよ。オレ?オレがなんかした?」 「…」

(なにやってんだか。わたし…)と、もうひとりの自分が呆れて薄ら笑う。

(ええい!クソーっ!!言ってやろうか)と、泣いてる私が笑ってる私に言う。

ていうか、ダンナにぶちまけてる。「あのね、今日はね、アレをしてコレをして、それから

こんなこともあって…。ああだこうだ…」

(あースッキリした!!あっ笑ったな。私の心の叫びを笑いものにしたな)という目で

ダンナを睨みつける。

「よし、わかった。あとでみんなで話し合おう。とにかく風呂入れ。なっ」

で、風呂入って、またしこたま泣いてやった。風呂から上がると、食卓からにぎやかな

笑い声。おーおー、みんなして私を笑いものにするがいい。と、被害妄想もはなはだしい。

「ささっ、食おう、食おう!今夜はおでんときたか。いいやねえ。おでんは」

「いただきまあす!!」 「でな、あとでみんなで話しあおうってことになったんだ。

おかあさん、言いたい事は後で聞くから、とりあえず食べよう。おっ大根がいいか?

卵はどうだ?」とダンナが珍しくせっせと私のお皿にとりわけてくれる。

(とてもじゃないが、食べようって気になるもんか)とチビチビと大根を口に運ぶ。

と、また涙がポロポロ。みんなはやや固まり気味。「ハハハー」と意味のない高笑いを

するダンナ。もうひとりの私が泣いてる私に(ぶりっこしてんじゃねえぞ!ばばあ!)

と叫ぶ。(こうなりゃもっと泣いてやる!)とますますあふれ出す涙。大根がノドに詰まる。

「さて、もういいかな。じゃ、話し合いに入るかな」

ということで、話し合いの結果は、いろんな理由で私が行き詰ってしまった、ということで、家事

やなんかをみんなでもっと協力的にやろうじゃないか、と。

各自の部屋は責任持って掃除なり整理なりするということはもちろんのこと、共有部分

のことも人まかせにしないで、自分達で片付けるってこと。

当たり前だけど、できないんだな、これが。そして、フトンも曜日を決めて、自分達で干す。

洗濯は基本的に朝はゆっくりのエリさんが干す。

そして、料理はなんと、自分達で全部作りたいという要望で、私が仕事が休みの日以外は

作ってくれるらしいのだ。ちなみに、月曜はユリ氏。火曜はエリさん。水、木はレイ。

日曜はダンナとミーコ。さっそく昨日はレイがハンバーグに粉フキいもに、けんちん汁を

見事に作ってくれて、私は仕事から帰るなり、まずはお風呂に入り、そのあとは食卓に

用意された夕飯にありついたというわけで。

この話しあいの中で、子供達の成長と優しさを目の当たりにし、自分の

未熟さと醜さが際立ったことに、このうえない恥ずかしさを感じた。

それ以降、私の体を覆っていた鉛のように重たいいろんな重圧が、なくなりはしないけど、

かなり軽くなり、何をしていてもフワフワとしていて、心地いい。

そして、ありのままの自分と初めて向かい合うようで、気恥ずかしさと

ありがたさで、胸がいっぱいになる。みんな、ありがとう。助けられたよ。ありがとう。

人に依存したいくせに素直に表現できない私。人を信じて全てをゆだねられない私。

いろんな自分が前よりもはっきりと見えてきて、それを素直にそうだ、と認めることが

できつつあるのも、みんなのおかげ。なんとお礼を言えばいいことやら。

とにかく、ありがとう。
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by morinotomosibi07 | 2008-11-13 14:51 | 自分のこと  

元の場所へ

片付けても片付けても、すぐ散らかり、拭いても拭いてもまた降り積もるホコリのように

整理したつもりがまたゴチャゴチャと湧き出してくるさまざまな想い。

伯母のお葬式に向かう船の中。17、8くらいの女の子とおばあちゃん。二人旅なんだろうか。

仲良く寄り添う二人。それがうらやましくて仕方ない。私には二度と訪れないそんな二人だけの

時間。本に目を落としながらも二人の会話に耳を澄ますのだけれど、小さな声で聞き取れ

ない。でも時々、「おばあちゃん寒くない?」とか「〇〇ちゃん眠れんのかい?」という声が

聞こえてくる。胸の奥深くで何かがゴワっと起き上がってきたような感じがして、苦しくなる。

必死で飲み込んだけど、ドキドキが収まらない。一言つぶやいたら、ガラガラと崩れてしまい

そうで必死で我慢した。(おばあちゃん…) 「おまえとは以心伝心やなあ」と言ってくれた

おばあちゃん。離れていても心はいつも寄り添いあっていたとお互い思っていた。

いつごろからか、私は自分のことに精一杯で電話の回数が減り、会うこともなくなった。

それはいつだって自分のことで精一杯な私の言い訳で、依存する相手が少しずつ

おばあちゃんから、子供達やダンナへと変わっただけ。それもおばあちゃんは、わかって

いてくれた。きちんとサヨナラが言えないまま、逝ってしまったおばあちゃんに、今更

かける言葉もなくて、いまだに小さい子供のように、心の中で泣き叫ぶ。

もらった愛情のひとかけらも返せないまま、呆然と立ち尽くす。もう少し生きていてくれたら

と自分勝手なそれも言い訳。「あんなに愛してくれたおばあちゃんだから、最後さみしがって

はいたけど、アンタのことは恨んでないよ」と母やいろんな人が言ってくれる言葉を

おばあちゃんの言葉だと信じて、薄情な自分を慰める。

謝らなきゃ、謝らなきゃ。ごめんね。ごめんね。

散らかった物を元の場所に戻すように、結局そこに心を戻す。ごめんね。おばあちゃん。

毎日毎日、散らかしてはそこに戻す。
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by morinotomosibi07 | 2008-10-30 14:16 | 自分のこと  

兵庫の旅

母方の伯母が亡くなったという知らせが入り、急いで実家へ向かったのは火曜日。

昨日無事葬儀を終え、慌しくその夜の新幹線で帰ってきた。

いちいち心にひっかかって、というか、興味の矛先が定まっているようで、いないようで、

要するに、なんでもツッコミを入れたくなるこの性分のせいか、目の前で起こるいろんな

ことに一喜一憂してしまって、なんとも中身の濃いこの何日間だった。

同じように時間が過ぎているのに、日常とはまるでかけ離れたようなこの時間と空間は

亡くなった人を天国へと見送るために必要なものなのだろう。これがきっと目には見えない

けど、この世と天国の境目、ふたつを結ぶ不思議な時間と空間、そんなふうに思った。

従兄弟の子供でまだやっと3歳になる男の子が、一週間前、おもちゃのケイタイで

3年前に亡くなった自分の祖父、つまり今回亡くなった伯母の弟と話をしたらしい。

「おじいちゃんがね、黒いカバンを忘れたから探しに行くって。黒いカバンを持った人がいっぱい

いるところに」

この話をお通夜にみんなで集まって聞いていたら、ある人が「それはもしかしたら、今日の

ことかもしれない。だってみんな黒いカバン持ってるし」と言った。「伯母のことを迎えに行く

って言いたかったのかな」と従兄弟が言った。その日の夜、その子はまたケイタイで祖父と

話をしたらしい。「今ね、おじいちゃんはね、おばちゃんとね、青いお空の公園でね、ブランコ

に乗ってるんだって」 その子は祖父が亡くなってから生まれたから、もちろん面識はないし、

伯母も長い間闘病生活だったので、会ったこともない。しかも今まで祖父のことなど口にした

こともないし、伯母が今回亡くなったことも通夜の様子のことも全く知らない。家で話をした

こともない。と従兄弟が説明するのを聞いて、「ん?」と思った。伯母の祭壇は、ブルーの天幕

が張ってあり、遺影に映る伯母のバックには青い空とコスモスが。

そうだ。これは伯母とその子の祖父、つまり姉弟が二人で公園で遊んでいる姿。

先に死んだ弟が姉を迎えに来て、二人は今小さいころのように、天国で遊んでいるのかな

と、一同そんなふうにこの出来事を受け止めた。

やっぱりこの場所はふたつの世界を結ぶ不思議な所なんだと思いながら、どこにふたつを

つなぐ階段があるのだろうと、あまりキョロキョロは出来ないので、目だけキョロキョロ

動かした。いつか私もその階段を登っていくのだなと、歳のせいかわりとリアルに自分の

葬儀を思い浮かべた。

私の母はこれで最初の家族を全て失ってしまった。私を含めた3人の子供と孫が10人。

父と二人暮しとはいえ、母なりに楽しい余生を過ごしているせいか、想像していたほど

自分の姉の死に落胆はしなかったと言う。「あの人も苦労したけど、自分の思うように

生きてきた人だから幸せだったと思う」と、自分を貫き通した伯母の生き方を羨ましそうに言う母

に、(あなたも十分自分を貫いている)と思った。いつか母が生涯を終えるとき、私は自分の

想像以上に落ち込むとは思うが、「あの人は幸せだった」と見送れるように、母自身が

「私は幸せだった」と思って、階段を登っていけるように、その時まで家族として母を見つめ

続けようと思う。(きっと私の天然ぶりはこの人からの遺伝や)と思えるくらい、

この何日間の間に色々とやらかしてくれた元気な母。私の弟には半ば呆れ顔で

「おかん、笑いの引き出しありすぎやろ」と言われていたが、それが一番母らしい所なんだと

改めて思った。自分にも他人にも厳しかったけれど、ようやくその鎧を脱いで、本来の自分を

取り戻し、自分の人生を歩いている母が、今は昔より身近に感じられる。もう少し元気でいて

ほしい。葬儀の間中、母とうりふたつの伯母の顔を眺めながら、伯母には失礼なんだけど、

そんなふうに母のことばかり考えてしまった。

見た事はないが、今話題の「おくりびと」という映画で「納棺師」の仕事が描かれているらしい。

この仕事を、実はマジマジと見る事ができた。というか、見なくてはならなかった。

この話はまた次回に。
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by morinotomosibi07 | 2008-10-24 12:23 | 自分のこと  

宮崎の旅

木曜から出張で宮崎へ行ってきた。お供は若いお姉さん。二泊三日の旅の寝床は、お姉さんが

私の要望どおりの宿をチョイスしてくれて、最適、快適。小さなビジネスホテルだけど、行き届い

たサービスは大袈裟すぎず、安っぽくもなく、なんか家庭的。仕事を終えて戻ったときは、

家に帰り着いたような気にさせてくれた。朝起きたときは、しばらくホテルということに気がつかな

かった。お姉さんも「私もです~」 一階には、ちょうどいい大きさの温泉もあって

女性客は私達だけだったようで、貸切状態。サウナもあって言う事ないじゃん。

飲食店も歩いてすぐのところにたくさん。「今晩はさあ、居酒屋で夕飯しようか」とお姉さんに

言うと、「いいですね~」と意気投合。

二日目は「今日はイタリアンなんかどうかい?」と言うと、目をキラキラさせて、

「さっきいいところありましたよねえ」とまた意気投合。お姉さんとは普段から何かと

意気投合するので、今回は仕事というより旅行気分で楽しかったな。

今日は帰りに観光して帰ろうということで、色々考えた結果、「青島」へ。

ここが想像以上にいいところで驚いた。ホテルやなんかは、かつてここが新婚旅行の

メッカとしてにぎわったところとは思えないような衰退ぶりなんだけど、サーファーたちで

にぎわう海の景色は初めて見る光景。ものすごい波が次々押し寄せる果てしない海の姿に

「すごい、すごい」とただ口走るばかり。有名な鬼の洗濯岩と呼ばれる奇妙な岩に

思わず「これはどうしたこと?」と二人で駆け寄り、「謎やな」と自然のなせる業にしばし絶句。

「ここに来てよかったね」とこれまた意気投合。二人ともカメラを忘れてしまったところまで

意気投合。私はケイタイまでが充電切れ。お姉さんは「うまく撮れませ~ん」と必死で

ケイタイのカメラで撮影。

マンゴーばかり宣伝しないで、ここがこんなにいいとこだって、知事さんもっと宣伝すれば

いいのに。その知事さんをひとめ見ようと、昨日県庁に行ったんだけど、「ああ、さっき東京に

向けて出発されました」とガードマンの方が誇らしげに言った。 聞いてはいたけど、観光バスが

たくさん止まっていて、ほんとに人気があるんだ。なんでだろうって思ったけど、自分も

その人気ぶりにちゃっかりに乗ってるじゃないか。さすがに知事のグッズはちょっとダサクて

買わなかったけど。


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by morinotomosibi07 | 2008-10-18 22:02 | 自分のこと