カテゴリ:自分のこと( 96 )

 

世界は広い

この狭い国のほかに行ったことのある国はないけれど、世界がものすごく広いってことを

身に沁みて感じることができるようになったのは、つい最近。ましてや子供の頃は、線路の

向こう側の知らない町や、親戚の住む隣の町が自分では行くことができない遠い世界。

大人になって、こんなに近かったのかと驚くほどに。

子供の頃のたった一度の大冒険。父と祖父の折り合いが悪くなって、しばらく別居することに

なった。大好きな祖母と離れるのがつらかったり、転校した学校になじめなかったりで、

元のおうちに帰りたかった。両親にはそんなこと決して言えるはずがないことは、小さい私にも

よくわかっていた。そんなことを考えながら学校の教室の二階の窓から外をぼーっと眺めて

いたある日。気がついた。(あの線路の向こうにおうちがある。おばあちゃんがいる)

次の日も窓から外を見て、私は決心した。(行ってみよう) ふたつ下の妹を連れて、放課後

まっすぐまっすぐ線路だけを頼りにおばあちゃんのうちにむかった。渡ったことのない踏み切り。

でも必ずたどり着くはずだからと、妹の手を握って、泣きそうになるのを我慢して歩いた。

よく遊んだ川が見えてきた。(もうすぐだ) なつかしい我が家が見えてきたときは、ほっとした

半面、叱られたらどうしよう、と不安になった。「おばあちゃん!!」と家に飛び込んだ時、

もう何年も会ってなかったかのようにワーワー泣いてしまった。「よう来たなあ」と言ったまま

祖母も言葉にならなかった。叱られるどころか、祖母は「ごめんな。ごめんな。辛い思いを

させたなあ」と謝るばかり。(おばあちゃんが悪いんじゃない)と言おうとしたけど、言えなかった。

子供に辛い思いをさせたり、怖い思いをさせてはいけないと、この後、父と祖父は仲直りし、

お互いの家を行き来するようになった。その一年後またいっしょに暮らすようになった。

あの大冒険と思えた道のりは、大きくなってたどってみても、簡単な道だし、車だとものの

10分ほどだけど、歩くには相当の距離だった。なにより初めて見る町は、とっても広かった。

そして、見知らぬ町は心もとないけど、ワクワクもした。忘れることのできない大冒険。

大人になっていろんな町で暮らしたけどどの町も私にとっては、冒険のようでワクワクした。世

界は広くて、自分を縛るものは何もないんだと思うとうれしくて仕方なかった。自分が何かにな

れるとか、夢とかあったわけでもなくその時すでに母親だったりしたんだけど、それでも子供の

頃のあの小さい小さい町からどうにか飛び立ったんだという思いでいっぱいだった。その頃の両

親の心配はいかばかりかと、今になって思うけど。

目をつぶって、それらの町の記憶を時々引っ張り出しては、ひとりで旅しているような気分に

浸れるという、これ、一種の特技かなと思うけど、そんなふうにしていると、その町を今ほんとに

歩いているような気になれる。それが楽しくて、暇なときそんなことをして遊ぶんだけど、

ダンナに「私そういうことができるんで。でな、どう考えても行ったことのない町が出てくるんや

けど、それがまたおもしろいんや」と言うと、「そんな現実逃避みたいなことはやめなさい。

危険です」と言われてしまった。外国の紀行番組を何気なく見ていると、しばらくすると家の窓か

らすーっとその町の風が吹いてきて、匂いまでしてきて、その町にいるような気分になる。

これはダンナに言うと、「うん、それは安上がりでいいことだ」

もしか今の自分が住む世界のなかでもがいている若者がいたら、もっともっと世界は広いから

自分で足かせを解いてごらん、と言ってあげたい。世界はほんとに広いからって。

それを知りたくないですか?って。もう一回人生やり直せるなら、今よりもっともっと広い世界

を早いうちに知っときたかった。可能性ってやつですか。もっともっと追求したかった。

まだ間に合う、まだこれからの若いひとたちに、くやしいけど、うらやましくて仕方ないけど

そう言ってあげたい。たかだか自分が住んだ町や夢のなかの幻の町しか知らない、自分の世

界もいっこうに広がらないこんな私が言うのもなんだけど、世界は広いやね。
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by morinotomosibi07 | 2008-09-25 21:42 | 自分のこと  

苦手なもの

「おかあさんね、今日ボタモチつくるからね。楽しみにね」と末っ子ミーコに

言った何日か前のこと。「私ちょっとアンコ食べれるようになったよ。ゴキブリもクモももう怖くな

いよ!!」とミーコが得意気に言った。(そうか。アンコ苦手だったな。でも、食べられるって?

なんで?)と思ったけど、「おかあさんはゴキブリはまだ怖いなあ」と返事した。

私が張り切って作るってんで、気を使ったのか、それともここらで食べられるようにしないと

みんなが食べてるとき、おいてきぼりのように感じるのがいやなのか、アンコ嫌いをちょびっと

克服したり、虫にびびらなくなったりしたミーコは、ほんとエライなと思う。私は苦手な牛乳や

トマトを克服できたのは、もう立派に大人になってからだし、ゴキブリなんぞはおそらく

一生苦手なままだろう。そう言えばミーコはキムチも少し食べれるらしい。私は食わず嫌い

なのかもしれないが、ピリ辛味が苦手。「柿の種」はピーナツだけ食べる。うどんには

七味とかまずかけない。タバスコなんかもってのほか。その私があるお店で冷麺を注文したら

韓国冷麺が来てしまい、仕方なく食べることになった。キムチはもちろん食べれなかったけど

ピリ辛のエキスがたっぷりしみこんだ麺やスープは、残すと申し訳ないのでなんとか食べた。

ノック・アウトを喰らったような気持ちで眠りについたその夜、キムチの入ったツボのようななか

に鼻までどっぷり漬かっている夢を見て、もがき苦しみながら目が覚めた。再びノック・アウトを

喰らってしまい、しばらく蒲団から起き上がれなかった。これを克服するのはもうあきらめて

いる。こんなことも思い出した。小さい頃夜中に目が覚めてしまって、なかなか寝付けなった時

ほんとに朝が来るのかと心配になって、何度も母を起こしに行ったこと。雷のせいで、停電して

しまった夜、家族で一階の部屋に集まっているとき、「あれ?いつもいっしょのお人形さんは

どうしたん?二階においてきたん?かわいそうになあ、お人形さん泣いてるやろうなあ」と

大人たちにからかわれ、悔しくて、「雷なんか怖くないもん。二階にも上がれるもん」と大見得

切ったものの、なかなか取りに行けなかったこと。親戚のおばちゃんが子供をかばって、全身に

大火傷を負って入院したと聞かされ、「お見舞いにいこな」と祖母に連れられ、行った病院。

真っ暗な夜道のなか、ボーッと光る病院の玄関が近付いてくると、全身を包帯でグルグル巻き

にされたおばちゃんの姿を想像して、足が止まってしまって祖母を困らせた。病室の

おばちゃんは、グルグル巻きでもなんでもなくて、「あら、よう来てくれたなあ」といつもの明るい

笑顔で迎えてくれた。ちょっと安心したけど、「胸から太ももまでえらい火傷らしいで。先生があ

の火傷でよく我慢できたもんやって、おばちゃんのこと褒めてたんやで。おばちゃんに言うたら

なあ、子供をかばうのに必死やったって。えらいわなあ」と祖母が話すのを聞いて、 

帰り道、おばちゃんの笑顔の下の痛々しい傷のことを想像すると、また怖くなって祖母の手を

いつにもまして、ぎゅっと握り締めたこと。

大人になるにつれ、必要とあらば暗い部屋に一人で行けることや、眠れない夜でも、必ず朝が

来る事や、子供のためならなんだって出来る事がわかってきた。大人たちに見守られながら、

怖いものや苦手なものを克服していく力が子供にはあるんだってことが。それは子供自身に

備わってる力なんだってことが。どの子にも。どの子にも。大人たちは脇役で、主人公は

いつだって子供達。それを間違わないようにしようと思う。まだまだ苦手なものを克服できない

大人だからこそ。

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by morinotomosibi07 | 2008-09-25 14:40 | 自分のこと  

ほっとする

昨日の夕飯は、欲張って雑穀と一緒に栗を入れたら、なんかくどい感じになってしまって

やっぱり栗ごはんは、シンプルにいかないとね。ほとんど食わずキライのゴーヤを恐る恐る

料理してみたら、これは上手くいった。もうそれだけでいいか、と思ったけど、えーっと

なんか作ったなあ。こうやって思い出せないことが多い。えーっと、あっボイルしたカボチャに

カリカリベーコンのっけたやつと、オクラとトマトのサラダも作ったか。あと洋ナシもつけた。
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今日は、四女レイのブラスバンド部のソロコンサートに招かれて行ってきた。

その前に、エリ、ユリ氏、ミーコと買い物やら、図書館に行って、気付けば時間が迫っていて

慌てて駆けつけると、レイの出番寸前。お友達も何人か来てくれてた。

大きなチューバという楽器を大変そうだけど、にこやかに抱えて登場したレイ。

近くで見るとほんとでかい。そしてレイもでかい。演奏前の挨拶。「曲は戦場のメリークリスマス

です。映画もそうだけど、メッセージ性の強い曲です。人間が犯した過ちのおろかさを少しでも

感じていただけたらうれしいです」 (おや?映画見たことあるのか?)と思ったけど、

戦争の恐ろしさ、おろかさを感じながら言ってるんだろうなと思い、うれしくなった。

「では聞いてください」と深々と丁寧におじぎするのを見て(おや?人に頭とか下げられるんや)

とびっくりしたけど、これも部活動のおかげかなと思った。

帰ってから、図書館でかりてきた「根本きこ」さんの「きこごよみ」という本を読んだ。素朴だけ

ど、どこか洗練されたようにも感じる暮らしぶりは、見習いたい点がいっぱい。でもよくよく考えて

みると私のかすかな記憶のなかにある風景と似ている。四季折々、行事ごとの食べ物は

私の育った家庭の食卓にも並んでいた。七草粥の七草はどこで調達していたんだろう。

今のようにスーパーでパック詰めが売られていたはずもなし。おおきな「ぼたもち」が

時々たくさん並んでいたあの日は、お彼岸だったんだ。端午の節句にもお月見の日にも

お団子が並んでた。あの薄暗い古ぼけたようなあの台所には、今の我が家のキッチンには

ないものがたくさんたくさんあったんだ。昨日おおがかりな模様替えをしたキッチンの

今日は細々としたところを変えてみた。なにはともあれ、料理のしやすいように。

どーんと「ぼたもち」をたくさん作れるように。そしてなにはともあれ、いつもすぐ焦がしてしまう

鍋つかみを作ってみた。味気ない台フキがつまらなくて、小さめの台フキを作ってみた。

縫い目もなにもメチャクチャだけど、自分のキッチンにはお似合いかなと思う。

そしたら、とってもほっとした。なんだかやっと自分のうちになったような気がした。

「帰ってきてほっとするのがいい家だろうな。自分がほっとするのが一番いいってことだ」

って、ダンナが言った。

当たり前のことのように思ってきたけど、だれの真似でもない、自分の好きな自分の一番

ほっとするそんな暮らしぶりが幸せ。これから先どんな風に生活が変わっていくかは

わからないけど、小さなキッチンと食卓と眠る場所があれば、そこから自分で作り出して

いけそうな気がする。ほっとする暮らし方を。ほっとする人といっしょに。

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  向こう側にあるのは、スイート栗とでもいうのか。栗のゆであがるのを待ちきれずに
  早めにザルにあげたら、まだ煮えてなくて、そこで、全部実をほじくりだして作ってみた。
  めんどくさかったけど、おいしかった。
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by morinotomosibi07 | 2008-09-20 20:35 | 自分のこと  

食の記憶

住宅街のなかにある小さな食料品店だった私の実家。

祖父母が忙しそうに立ち働き、無口な母が黙々と接客していた。

夕方になると、祖母か母のどちらか手が空いているほうが食事づくり。

たいがい煮物がどんとテーブルに乗り、(またか)と文句を言いながら食べていた気がする。

そんな時、「明日はおじいちゃんが作ったる」と、孫には優しかった祖父がいろんな料理を

作ってくれた。ハンバーグは、つなぎに食パンがいっぱい入っていて、普通のより何だか白っぽか

った。祖父が「ほれ、ステーキやでえ」と言うのは、いつも必ず豚肉。ラーメンはスープから一日

がかりで作っていた。母が間違えてそのスープを捨ててしまって、エラク怒られていたような記

憶がある。祖父は私と妹を自転車の後ろと前に乗せて

時々駅前の喫茶店に連れていってくれて、フルーツポンチをごちそうしてくれた。たしか

「ゆかり」というそのお店の斜め前に高校生になった頃、モダンなコーヒーショップが出来て、

友達と行くときは、もっぱらそっちの方へ。ほんとは、ちょっと古臭くなった「ゆかり」で

フルーツポンチが食べたかったけど、「あっちでフルーツポンチ食べようよ」って恥ずかしくて

言えなかった。小さい頃うれしくて妹と並んで夢中でほおばったフルーツポンチが

ほんとは食べたかったけど。

食パンがしっかりとしたつなぎになった大きな大きなハンバーグや意外と柔らかかった

ポークステーキも、ぼんやりながらも記憶に残っている。

母の薄味のかやくご飯も祖母の濃い味の五目寿司も。祖母がよく砥いだ包丁でスパッと

切ったただそれだけのトマトも。切り口のそろったほうれん草のお浸しも。

とろみづけに片栗粉の入ったカレーも。自転車でやってくる豆腐やさんを追いかけて

お鍋を渡して「絹こし一丁!!」と言う時のちょっと得意気な気分も。お金を渡すと「おおきに」

って私の頭をポンポンとしてくれた時のうれしさも。

我が家のメニューを考えていると、ふっと頭をよぎる子供の頃の食の記憶。

ちょっと前までは、そんなことが大事なことだと感じなかった私に、じゃ何が大事だと

思ってきたのか?と聞いてみた。忙しい大人たちに囲まれて、時々おいてけぼりを食った

みたいに寂しくなって、ふてくされてみたりひがんでみたり、そんな自分の姿だけが愛しいと

思ってきたの?と。ご馳走って他にあったでしょって、言いたかったの?と。

生きていくのに何もかもが精一杯の大人たちから、宝物のように

育ててもらったことこそがほんとのことなのだろう。その一日一日が今の私を作ってくれた

のだろう。そのことをもっとうまく言える日が来るように、これからも毎日いろんな記憶を

手繰り寄せて、今は亡き祖父母や年老いていく両親に感謝して、生きていこうと思う。
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by morinotomosibi07 | 2008-09-09 14:37 | 自分のこと  

青春の日々

図書館で借りてきた本のなかに好きな料理家のひとり、飛田和緒さんの本がある。

「フーディストTV」でたまにお見かけするが、素朴な家庭料理をセンスよく紹介されている。

いつぞやはお子さんが生まれていっしょにTVに出られていたので驚いた。

そのお子さんが生まれてから一歳くらいまでの間のご家庭での料理を紹介されている

本なのだが、いやはやお子さんのかわいいこと。そして栄養と愛情をいっぱい受けて

丸々と元気だこと。離乳食を難しいことと考えず、大人の食事をつくるついでにサッと

作るという料理は、まさに栄養たっぷり、愛情たっぷり。海の近くのおうちのせいか、

お魚が大好きとか。栄養素ががギュっとつまった、凝縮されたようなその小さな体は

それだけでもう人間としての基本が出来上がっているような感じだ。

うちの子供は末っ子みーことケイさんを除けば、ほぼみな魚が苦手。かくいう私も

キライではないが、あまり食べたいと思わないので、わが家は魚料理がほとんどない。

経済的に余裕があったときは、新鮮な刺身が時々登場してはいたが。

今からでも間に合うか。とっくに離乳した子供たちだけど、人間の基本的な部分、

健康な精神と体をつくるために、おいしい魚料理をもっと勉強しようかな。

それから、飛田さんは聞くところによると、20才までバレリーナとして舞台に立たれていた

らしい。そんな華やかさを感じないので、ちょっと驚いた。だって、私だったら、自慢しまくり~

で、料理の合間に180度開脚を披露したり、アラベスクのポーズをとったり、クルクルと

わけもなく回ってみせたりするだろう。何をかくそう、私も高校生の頃、某歌劇団に憧れ

バレエ教室の門を友人とたたいた。友人はもともと体が柔らかく、上達も早かったけれど、

私は切なくなるほど柔軟性のかけらもなく、来る日も来る日もストレッチの日々。

発表会では、もちろん出番などあるはずもなく、小さい踊り子さんたちのメイクと着付けの

お手伝いに奔走した、あの青春の日々…。歌劇団への入団の夢はあっけなく終わりを

告げ、次に目指したのは、歌手デビュー。友達と二人でデュエットを組み、放課後校舎の

テラスで歌いまくった。練習曲は「好きよ、キャプテン」(双子の歌手が歌ってた。名前が

でてこない) なぜか、私たちを応援してくれる人たちが何人か現れ、厳しい駄目だしやら

アドバイスをくれたりなんかした。何ヶ月も練習した。

そのかいあって、「行けるんじゃない?」と応援団が言ってくれて、「じゃそろそろ応募しようか」

と「スター誕生」というオーディション番組への応募準備に入ったある日の朝、その番組で

歌う二人組みが。私たちと同じ年頃。雰囲気も似てるじゃないか。

そう。これが後のご存知「ピンクレディー」のミーちゃんとケイちゃんだ。

「や、や、やられた~」 「先を越された~」 

こうして、私たちの新たな夢もむなしく消え去り、その後は母に叱られながら、来る日も

来る日もピンクレディーのマネをしたあの青春の日々。

話が大幅にそれたようだが、これもまだ間に合うか。デビューはできなくとも、

時々、ほんとに時々洋子先生のダンス教室にも行けるし、体も柔らかいことに越したことは

ないので、風呂上りにストレッチでも再開するかな。
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by morinotomosibi07 | 2008-08-29 14:25 | 自分のこと  

ドラゴンボール

昨夜、といっても今朝の2時ごろ、「うわー!!」と叫ぶ自分の声で目が覚めた。

ダンナは遅くまで仕事をしていて、ちょうど布団に入ったところだったらしく、

「なんか、その声は。夢でもみたのか」

そう。なんと大魔神と戦っている夢を見た。私は某サッカー部の寮のまかないの

おばさんで、みなと一緒に遠征に向かっていた。このサッカー部には妙な噂が流れていて

食べ物の話をしたり、食べ物があったりすると、突然どこからともなく大魔神が現れて、襲いか

かるというのだ。(んなアホな!)と私は信じなかったが、私がここのまかないのおばさんに

採用されたのは、私がひとつだけ魔法が使えることをみなが知っていたから。

その魔法というのは、食べ物を食べている人を瞬時に歌を歌ったり、踊ったりする人に

変えられるというもの。今日の遠征の場所は遠いので、これまでの寮での生活を写した

DVDを車内で流そうということになり、(ああ、こんなこともあったわねえ)となつかしんで

いた。そして、(私の魔法の腕もおちたわねえ)と思ったのは、瞬時に魔法で変身させるの

はいいけど、どうしてみんな女装しなければならないの?筋肉モリモリの男子が

ミニスカートはいて、茶髪のおさげで歌を歌っている。よく見るとなんと「TOKIO」の

リーダーの城島や山口もいる。せめて「嵐」にしてほしかった。

遠征先の宿舎に着いて、私はさっそく厨房へ行き、冷蔵庫を開けた。

中にはぎっしりとおいしそうなお肉がつまっている。(よしよし)と満足げに眺めていたら

表の方で、すごい悲鳴が。「だ、だ、大魔神だ~おばちゃん助けて~」

あきらかにこちらに向かって、ドシッドシッ。(あの噂はほんとだったんだ)

(しかも誰も助けにきてくれない。みんなして逃げたのか?おまえらそれでも

スポーツマンか?) (こうなったら戦うしかない)

私は覚悟を決めて、大魔神が来るのを待ち構えた。(で、で、でかい…)

もうそこは厨房ではなく、いつのまにかサッカー場になっていた。

真っ赤な目をした大魔神がゆっくりと私に近付いてきた。私はドラゴンボールの

悟空のような格好をしている。(そういえば昨日potさんでmiwaさんやレイコママ

さんとドラゴンボールの話をしたっけ)

ありったけの力で大魔神に金の球をぶつける。ちょっとよろめく大魔神。

いいぞ。もう少しだな。また渾身の力を込めて球を投げる。「うおー」と叫びながら。

この声だ。この声で目が覚めたのだ。

というあらすじをダンナに話したら、「おまえは(うおー)と叫んだって言うけど、

実際は(カァー)ってまるでカラスが首を絞められているような声だったぞ」

「えーうそー。私かっこよかったんで。たった一人で戦ったんで。いやあ、もう怖いの

なんのって」  「楽しそうな夢やなあ。うらやましいよ。俺の夢なんかつまらんのばっか」

夢のなかではほんとマジで超怖かったけど、こうやって話すうちにおかしくなって

真夜中二人してゲラゲラ笑った。早起きの私だけれど、今朝はさすがに布団から

出るのが辛かった。
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by morinotomosibi07 | 2008-08-29 10:46 | 自分のこと  

気持ちわるっ

昨日の夜は、さつまいもご飯に玄米を少し入れるのを忘れてしまったり、

温泉卵がただのちょっとやわめのゆで卵になってしまったりで、さんざんな出来。

それというのも、7時から怪談の番組が始まる前に料理を終わらせないと

エライことになると思いながら作ったので、焦る、焦る。しかも6時のニュースで

末っ子ミーコが合唱コンクールに出た時の映像が流れるってんで、下ごしらえしながら

気もそぞろ。さんざんいろんなニュースが流れた後で、やっとミーコの番がやってきて

私は思わず手を上につきあげて、「きたーっ!!」 途中、ミーコのどアップが映し出され

一瞬気を失いそうになるくらいかわいかった。(親バカですんません)

さらにその後砂糖や油のストックがないことに気付き、買いに走ったりで

案の定、冒頭に書いたとおりの失敗となった。

そして、料理にもたついている間に怪談番組が始まってしまい、見ないように見ないように

してたのに、ゾンビのようなものが映ってるのを一瞬だけ見てしまった。

ささーっと料理を仕上げ、「私はおなかいっぱいだから後で食べるからね」と

言って、慌てて味の具合だけ聞いた。「ど、ど、どうよ」 「…」 「だからどうよって」

「…」 「だから…」 「待ちよ!今食べよんけん!」 (誰か早く答えてくれ)

「おいしいよ!」  その声を聞いて安心してキッチンを後にした。

怪談とかマジで超苦手。だって、怖いやん。(まあ、そのとおりやわな)

もうすでにゾンビの顔が頭から離れず、一人で階段を降りるのも精一杯。

(そうだ。今のうちお風呂に入ろう。だってみんなは番組終わるまで入らないだろうし)

と大胆にも一人で入浴。(やめるんだった…) お風呂に入った瞬間そう思った。

今にも窓の外にゾンビが現れそうな気配。(よーし、絶対目を開けたままでいるぞ。

だってもし目つぶって開けた瞬間、ゾンビがいたらどうする?)  そこで、

まるでシャンプーのコマーシャルのようにやや上向きの目線で微笑みながら

頭をゴシゴシ洗った。(シャワーのときはどうする?)とゴシゴシしながら考え、

やっぱりコマーシャルのように上を向きながら鼻歌まじりでシャンプーを洗い流した。

目に泡が入って超痛いけど、そんなことは言ってられない。

さてと、湯船にゆっくり浸かって、一日の疲れをとりたいところだけど、いやいや

うっとり目をつぶってしまうじゃないか。(今日はいいか)と後ろ髪ひかれつつお風呂から

上がった。

9時からおもしろそうな番組があったので、気を取り直してテレビの前に。

ブサイクな芸人さんをイケメンに変身させるというもの。私も趣味悪いなと思いながら

も興味津々。途中までダンナと見ていたけど、あまりの気持ち悪さに「もう寝ようか」

のダンナの声に素直に従った。芸人さんはブサイクでも、素のままの方が全然味がある。

関西出身のせいか、お笑いは大好きで、最近は「TKO」の木下さんがいい。

けっこうイケメンに変身してたけど、彼のミスタービーンを思わせる芸風や表情の

方がずっと魅力的だ。

昨日の夜は、早く布団に入ったものの、なんだか暑苦しくて寝苦しい夜だった。
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by morinotomosibi07 | 2008-08-27 12:11 | 自分のこと  

もう一度ママへ

まだまだ暑さは厳しいけれど、朝夕は少し涼しくなったり、

今日は空いっぱいにいわし雲がひろがっていた。

ほんの何日か前に海や山に行って、ワイワイと夏を満喫したのが

ほんとの出来事だったのかと思えたりするのは、感受性のスピードが

やたらゆっくりになってきたからか。それとも、いつもどおりの生活のリズムが

戻りつつあるからか。

「夏が終わる時さみしい~って思わへん?」って言ってた母の住むところも

朝夕は少し秋風が吹いているだろうか。「さみしい~」って思ってるかなと

母の顔が浮かび、いつもの生活のなかに母がいないことで私も少しさみしい~って

思う。ベランダで風に吹かれていると「ママ、いい風やね」って言いそうになる。

生まれて初めて母が恋しいと思う自分にちょっとおかしくなる。

全身全霊で私を愛してくれた優しい優しい祖母の愛だけを信じてきた私に

人を愛するということを教えてくれたダンナのおかげで、今私はありのままの母を

受け入れ、愛することができるようになったのだとそう思う。

母といろんな話がしたいと思う。母をもっと知りたいと思う。

ちゃんといろんな思いを伝えたいと思う。

今年の秋はいつもより人恋しくなりそうだ。
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by morinotomosibi07 | 2008-08-19 20:49 | 自分のこと  

パパとママへ

およそ5年ぶりに実家の両親がこちらに遊びに来た。

父は随分と痩せてしまい、母は随分と背中が丸くなった。

一年半前の祖母の葬儀には顔を合わせたはずなのに、その時はそれどころでは

なかったのか、ちょっと年老いた姿に驚いた。

でもその姿とは反対に以前より元気な母の様子にもっと驚いた。

家に着くなり、台所をピカピカに磨き上げ、洗濯物を干し、階段を拭き、

お昼ごはんをつくり…

聞けば(悠々自適とはいかないまでも好きなことを楽しみ、友達にも恵まれ、

子供たちもいろいろ気遣ってくれ、今が一番幸せ)とか。

心配事はないわけではないのだろうけど、私のこともまだまだ心配なんだろうけど、

母が一人の人間として今初めて歩いているのかもしれない、とそのふっきれた姿に

自分のなかに母に対する初めての感情がわいてくるのを抑えられなかった。

ワンマンで暴君ともいえる舅に仕えた二十数年。それは優しかった父がいたからかも

しれないけれど、むしろ男としては優しすぎる父を傍でずっと支えてきたのは

この強い強い母なのだろう。言いたいこともいえず、ひたすら耐えて耐えて生きてきた

この我慢強さは、いつか自分の人生を自分自身で歩く時の礎として、ずっと

培ってきたものなんだろう。

今日の今日まで、この人を一人の人間、一人の女と

して見ていなかった私は、単に優しいだけの母を求めていただけで、

この人の苦しみや強さを何もわかっていなかった。

今、随分と丸くなった背中だけど、意気揚々と自分の人生を歩く姿に

私はやっと、やっと(今までありがとう)と心から母に言うことができた。

(自分の人生を思いっきり楽しんでね、親孝行できるかわからないけど)と。

父と二人並んで帰っていく後姿を見送りながら、今までなら、(元気でね、また来てね)

と言いながら手を振ったけど、初めて(あなたたちの子供でよかったです)と

小さな後姿に何度も何度も心の中で叫んだ。

一つだけ願い事が叶うなら、両親を少しでも長く健康で幸せでいさせてほしい。
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by morinotomosibi07 | 2008-08-17 22:14 | 自分のこと  

JAZZに酔いしれて

行ってきました。一昨日の「Be-BEPPU JAZZ inn」

私は仕事の合間を縫って、ところどころしか聞けなかったけど、

ダンナや四女レイは、最初から最後までバッチリ聞けて満足げ。

ダンナおすすめのトランペッター村田浩さんの演奏にとくに二人とも感動した様子。

自らをバップ・トランペッターと自称するだけあって、そのアドリブのメロディーは

ダンナに言わせれば、もはや神様らしく、ほんとに胸うつ演奏でした。

そして今回のメーンゲストの歌姫「ティファニー」

写真のイメージより、やや迫力(かなりかな?)あったけど、

そのかわいい歌声と声量とテクニックはメジャー級で、次々とスタンダードナンバーを

披露してくれました。なかでも私は「マイ・フェイバリット・シングス」という曲の

堂々とした歌い方に英語の歌詞なのに、説得力なるものを感じました。

「この人はきっと大歌手になるだろうな。お前たちは今日歴史的な瞬間に

立ち会えたことを誇りに思いなさい」と、いつにもまして大袈裟な表現をするダンナ

の言葉がこの時は(ほんとにそのとおりだ)と素直に思えるほど、見事な

歌いっぷりでした。

そしてこのライブを裏で全面プロデュースされたご存知「得丸泰蔵氏」の

ご尽力とJAZZをこよなく愛するお気持ちに改めて敬意を表した夜でした。
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by morinotomosibi07 | 2008-08-05 21:23 | 自分のこと