カテゴリ:世の中のこと( 39 )

 

おくりびと

伯母が入院先の病院で亡くなったのは、月曜日で、本来なら水曜日が葬儀の運びと

なるところ、その日は「友引」とやらで、葬儀ができないらしく、従って木曜日が葬儀、本通夜が

水曜日となった。(家に帰りたい)と入院中言い続けていた伯母の願いがこんなふうに

叶うのは、悲しいことだけど、二日間伯母は自宅で過ごすことができたのだ。

通夜の準備が始まると言うので、伯母の家に向かったところ、それは納棺の儀式ということで、

最初は軽く考えていた。遺体を棺おけに移すのだな、と。

それが違った。やってきたのは、若いお姉さんとイケメンのお兄さん。

蝶ネクタイに白のYシャツ。黒のギャルソンエプロンに身を包んだお兄さんは、後にこれが

いわゆる「納棺師」と呼ばれている人なのだとわかった。

大きなバスタブにベッドが乗ったものが部屋に運び込まれ、お風呂場からホースでお湯を

ひいてきて、準備が整うと、「それでは旅立ちのお支度をさせていただきます。どうぞ

お傍で最後のご様子をご覧いただいて、ゆっくりお別れのための心の準備をしてください」

確かそのようなことを納棺師の方が述べられた。

ここでようやく今から何が始まろうとしているのかがわかった次第で、一同驚いて顔を

見合わせた。こういう場に立ち会うことを誰も経験したことがなく、おっかなびっくりな雰囲気

のなか、ゆっくりと伯母が運ばれてきた。体は大きなバスタオルでくるまれていて、

顔しか見えない。一同ややほっとする。納棺師の方がバスタオルの中に手を差し入れ、

丁寧に伯母の体を隅々まで洗っていく。伯母はまるで気持ちよさそうに眠っているようだ。

髪もきれいにシャンプーし、リンスまでしている。かみそりで顔をきれいに剃って、丁寧に

ふきあげる。ドライヤーで優しく髪をかわかすと、伯母のシルバーグレイの髪がつやつやに

蘇った。生前は超がつくほど、几帳面で綺麗好きだった伯母だから、さぞうれしいに

違いない。ほんとに失礼ながら、最初は遺体に触れる仕事って、想像がつかなかった。

もっとはっきり言うと、どうしてそんな仕事を選んだのか不思議だった。

でも、粛々と進むこの旅立ちの儀式のなかで、その空間は張り詰めた空気からやがて

厳粛ななかにもやすらぎに似た雰囲気へと変わり、そのうち人の死というものを静かに

受け入れていくという気持ちへと変わっていくことに気付いた。

もし、自分のもっと近い人だったらそう冷静ではいられないだろうけど、死というものが

やがて誰にも訪れ、こうして愛する人たちに見守られながら、誰しも生涯を終えていくということ

の覚悟ができたような気がした。

まるで眠っているかのような安らかな伯母だけど、確かにもう息はしていない。息はしていない

けれど、もう口を開く事もないけれど、生きている人と同じように、そこに横たわり、眠ってる。

生と死のこの狭間をこんなふうに、マジマジと感じることで、死んだ人を生きている人と

同じように大切に思えたことは、私にははっきり言って驚きだった。

それはこの儀式のおかげ、納棺師という方の仕事のおかげと、私は、最初に感じた偏った

物の見方を恥じ入った。ほんとに尊いお仕事なんだと思った。

最後にきれいな衣装に身を包み、お化粧をほどこされた顔は、生前の伯母の顔そのままで

思わず「おばちゃんや…」  母も「姉ちゃん…」と言っていた。 それまで気丈にふるまって

いた従兄弟のおねえちゃんたちも「おかあちゃん」と傍に駆け寄った。

伯母ちゃん、最後に会えてよかった。どうぞ安らかにお眠りください。
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by morinotomosibi07 | 2008-10-26 21:03 | 世の中のこと  

悲しい秋

ついこの前、夏休みが終わったと思っていたら、9月はあっという間に過ぎ、

10月も半ば。今年は我が家は秋に運動会はひとつもなかったので良かったけど、

こんなめまぐるしさにそれらが加わっていたら、今頃どうなっていたことか。

忙しさからか疲れからか、また持病のめまいが少し復活して、まずはお風呂でのシャンプー

のとき、うつむくときにややグラッとくるので、(ん?地震?)と勘違い。お風呂に入ってるときに

地震があったらどうしようかというのは、以前から、というより、いつもお風呂に入りながら

気になるところ。一応あの阪神大震災を経験しているとはいえ、あのような状況が再び

起こったら、パニックになるのは目にみえている。それが入浴中だったら、どうする。

それもシャンプー中だったら。とにかくシャンプーを洗い流さなければ、と必死だろうけど

すごい揺れのなかでは無理だろう。それより一刻も早く子供達のところへ行かねば。

そのあとどうする?泡だらけの頭はこの際、湯船のなかのお湯で洗い流すか。

ウチは温泉なので、お湯はいつも湯船にあふれているが、泉質が髪を洗い流すのには

向いてなくて、髪が乾くとゴワゴワに固まってしまう。でもそんなことは言ってられない。

ゴワゴワだろうが、泡がついたままよりいい。なんてなことを考えながら、いつもシャンプー

している。この前めまいがした時は、頭がフラフラになりながら、そんなことが瞬時に頭に

浮かんだ。しばらくしてめまいが治まって(ああ、めまいか)と安心したけど、またあの

気持ちの悪い状態が続くのかと思うと少し憂鬱。フトンに横になっても、頭を動かすたびに

フラ~。しばらく続くようなら、病院にいかなきゃな、と思っていたけど、少しづつ良くなって

きたので、病院は見合わせた。あの耳鼻科のイケメンのおもしろいドクターにまた会って

みたい気はしたけど。坂東英二なみの大きい声で「いやあ、久しぶり~今日はどないしはり

ました~?」と必ずこう言う、紫色のジャージの上下を着たあのドクターに。

そんな状態ながらも、あれは5日の日曜日、アナを送り出した日の夜、かねてから楽しみにして

いた「小雪さん」のお芝居を見にでかけた。ダンナとイケメンお兄さんとその彼女の四人で。

現代社会の問題を色々描きだし、観る者にメッセージをなんとか伝えようとするその芝居は

脚本家のかたはじめ、若い役者さんたちのものすごいパワーみなぎる演技によって、

かなりの衝撃的なものだった。表現が抽象的なところが多くて、単純な私には、どこか

もどかしく感じるところもあったのだけど、その分自分なりに考えなくてはならないので

それもこの芝居の魅力かな、と前回もそう思ったけど、今回強く思った。ダンナは鋭く

芝居の感想を述べていて、それを聞くと(なるほどね)と思い、自分の感じたことも

整理されていった。なんのことについて演じたのかを話すととても長くなるので、

またの機会に。というより、小雪さんと会って今回の芝居のことをきちんとお話してからに

したいと思うので。イケメンお兄さんとその彼女にも、ぜひ感想を聞いてみたい。

アメリカ経済が大きく崩れ、世界中にその影響が出始めるなか、それでなくとも先行きの

見えない今の暮らしのなかで、まじめに社会のことを考えようとする若者達がたくさんいる

と思うことで少し勇気がわいてくる。

生きていくのに精一杯のこの混沌とした時代が、どのような形で終末を迎え、そして再生

されていくのか、わかるようでわからない。不安ばかりが先走るけど、どうか、真面目に

働き、生きてきた人々が救われるような国であってほしい。

そんな当たり前のことを一生懸命考えてくれる政治家は、一体どこにいるのだろう。

テレビのなかのあの方は、一体誰のことを考えて質問に答えているのだろう。

やけに足早に過ぎ行く秋は、それも人の心を置き去りにする足早な時代のせいかなと

思えて悲しくなる。せめて、深まりゆく秋を感じる心だけは失わないようにしようと、その

ぐらいのことしか言えない自分にも悲しくなる。

やっぱ、秋はもの悲しい。
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by morinotomosibi07 | 2008-10-13 11:22 | 世の中のこと  

さよなら、アナ

とっても感動したコンサートに気分も上々で、(さっ帰って軽くなんか食べて早々に寝よう!)

とアナと子供たちを車に乗せたまでは良かった。ダンナは来てないけど、ユリ氏がいるし、

帰りの車の中はきっと音楽の話で盛り上がるだろうし。一日目の夕飯のとき、「私は、ビートルズ

が好き」とアナに言ったら、フンフンと大きく頷いてくれたので、「ビートルズはやっぱ世界的

だな」と気を良くした私は、「イエスタディ知ってる?」と聞いてみた。するとアナはちょっと

首をかしげた。「知ってる」?って聞いたつもりが単に「イエスタディ?」と言っただけだったので

アナにしてみれば(昨日?それがどうした?)と思ったに違いない。ここはひとつ

歌わなくてはと思い、「イエスタディ~♪」と歌ってみせた。これが思いのほかうけたもんだから

何回も歌ったら、ダンナに「バカだねえ~♪」と返された。

だから、この夜も音楽の話をしながら帰ろうと思った。アナの想像を超える

披露ぶりが気にはなったけど。

キーを差し込んで初めて異常事態に気がついた。(まさか…)

そう、バッテリー完全にあがってる。そうライトつけっぱなしだったのだ。

知り合いはもうとっくに帰った様子。そこで頭に浮かんだのは、イケメンのお兄さん。

確か近くに住んでるはず。思い切って電話したみたら、二つ返事で来てくれることに。

ここぞという時にお世話になるのは、これで何回目だろう。さっそうと車で現れていとも簡単に

治してくれた。「ママいい?帰るまで絶対エンジン切らんので。何があってもで。たとえば

コンビニ寄るとしてもエンジンはつけっぱなし。わかる?わかるよね」 「わかるよ。切ったら

いけんのやね。」 「絶対にね。ママいい?聞いてる?」 「聞いてますとも。」

「なんか心配やなあ。」 ちょっとしつこいけど、なんて優しいイケメン兄さん。私はこの時

決めた。この人を息子だと思うことに。ケイさんにお兄ちゃんができた。

お兄ちゃんが駆けつけてくれたときに、アナのことはポルトガルから来てるとは軽く紹介したんだ

けど帰り際、お兄ちゃんは「ママ。あの子は今日どこに泊まるの?」と聞くので「ウチよ」

と言うと「え~っ」と言って驚いていた。「ど、ど、どういう知り合い?」 事情を説明すると

「へ~。ママ大変そうやな。じゃがんばって!」と言って帰っていった。なぜか(ごはんしっかり

食べるのよ)と声をかけそうになったけど、しっかりしないといけないのは私の方だ。

車の中でぐったりしているアナに何度も何度も「アイム ソーリー」を繰り返した。アナがしきりに

なにか言うので「きっと『あなたのせいじゃないよ。気にしないで』と言ってるんだ」と、子供達に

言ったら、「あんたのせいに決まってるやろ!!」と言われてしまった。その後もアナに

「ソーリー、ソーリー」を繰り返した。「おかあさん、アナ寝てるから静かに!!」と言われて

また「ソーリー、ソーリー」を繰り返した。昔女性の国会議員の人が小泉総理に「総理、総理」

と詰め寄った時の気持ちがよくわかった。まったくシチュエーションが違うけど。

アナはその夜、お風呂にも入らず眠ってしまった。アイム ソーリー。

最後の朝は早朝からアナを起こし、朝食を勧めた。すっかり身支度を整えたアナが

荷物と一緒に抱えてきたものは、たくさんのポルトガルのおみやげ。

マフラーやお菓子やペンやママが作ったというジャムとポプリや絵葉書。そして日本とそっくり

な独楽も。私もお返しにレターセットやハンカチやお箸やキャンドルをあげた。お箸は

裁縫が得意なチカちゃんに教えてもらって作ったお箸袋に入れて。

急に寂しさがこみ上げてきて、(ウルルン滞在記はウソじゃない)と思った。なんかしんみり

してしまったので、かわるがわるリビングに現れる子供たちに、いちいちアナからのおみやげの

説明をしながら、なんとかごまかした。アナは私に顔を近づけてその様子を聞いていた。

集合場所に着くと、もうすでに一行は集まっており、思い思いに別れを惜しんでいた。

アナはウチの愛犬チコを抱きしめ、「ポルトガルに連れて帰るの」と言いながらみんなに

見せていた。チコはみんなから可愛がってもらって得意気な様子。チコの方に意識が

行っていたぶん、アナとあんまり目をあわすことがなくて良かった。泣いてしまいそうな

自分に自分で引いていたから。いよいよバスに乗り込むとき、アナがちょっと寂しそうに

笑った。私は「あなたに会えて良かったけど、今寂しい」とがんばって言ったら、

ダンナが(よく言えたな)と言う目で私を見て頷いた。ダンナは「オブリガード」と言って

握手していた。アナはさしていた傘をたたんでダンナに渡し、黒いスカーフを頭に巻いた。

エキゾチックな顔の異国の少女のアナがそこにいて、もう二度と会えないのかなと思うと

せっかく笑った顔がゆがんでしまった。

バスの窓を開けて手を振る人たちの中にアナの姿はなかった。一生懸命探したけど

見つからなかった。(アナも泣いてるのかな。きっとそうや)と思うことにした。

いつかアナの住むコインブラの美しい街を訪れてみたい。
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by morinotomosibi07 | 2008-10-06 13:43 | 世の中のこと  

ホームステイは楽し

さて、ホームステイ一日目。自己紹介も済んだところで、私は急いで夕飯つくり。

ダンナは、アナを泊める部屋に案内したあと、ちゃっかり自分の部屋に連れて行き、さっそく

JAZZを聞かせた。「ジョン・コルトレーンが好きだってさ」と嬉しそうに。飲み物を勧めたら、

以外にも日本茶がいいとかで、「おいしい」と言って飲んでいた。(もちろん英語で)

外国の人は皆陽気で、テンションが高いと思い込んでいた。ましてラテン系とくればなおさらの

こと。しかし、アナはちがった。とても物静かで大人しい。それに恥ずかしがりやで心配症。

年齢も若いし、一人で異国の他人の家で過ごすのだから、無理もないことと思うが、見ていて

とても心配なほど、元気がなかった。みんなでテーブルについて、ダンナが「じゃ食べようか!」

と言うと、子供達はいつものように「いただきまあああす!!」 これがアナにはツボだった。

初めて大声で笑った。なので、みんなでもう一回言った。「いただきまあああす!」

私が身振りで、「アナはお祈りとかしないの?」と聞くと、笑いながら手を振って「ノーノー」

「えーお祈りせんといけんのやろ。こうやって。」と手をつないでみせると「ノーノー」と

噴き出した。キリスト教にもいろいろあるのかと勉強になった。

その後、ユリ氏が「ロックとか聞く?」と英語で質問。さすが現役。「イエース」とアナ。

「ローリングストーンズ知ってる?」 「オフコース」 だいぶ元気が出てきて楽しそうなアナ。

「おかあさん、セックス・ピストルズは好きかって聞いていいかな」とユリ氏が言うので

「いいけど、発音に気をつけてな」 と言った。「発音気をつけるって言ってもそのままか」

と言い直したら、ユリ氏が「ヨシ!」と言って小声で聞いた。そしてアナがセックス・ピストルズも

好きと聞いてユリ氏は「やったあ!!」とガッツポーズ。

夕飯は盛り付けてみると、外国の人からすると、少なめに見えたかなと思ったけど、

アナは少し残して、申し訳なさそうに「昼間いっぱい食べすぎた」みたいなことを言った。

私が「お箸にトライしてみよう!」と(やきおにぎり)のあんかけを勧めながら言うと、

恥ずかしそうに「使ったことないから、わからない。無理、無理。むずかしい~」と言いながら

一生懸命「なめこ」をつまもうとしていた。それは日本人でもむずかしい。

コロッケはおいしいと言って全部食べてくれた。改めてチエさんありがとう。

その後はアナの街のことや、家族のこと、ペットのことなど色々聞いたりしているうちに

アナが疲れてきて、再び元気がなくなったので、「もう寝たいですか」とダンナに聞いてもらった。

おふろに入ったらすぐに眠りたい、ということだったので、おふろに案内した。

長時間にわたる移動の疲れがピークでも、すぐには眠れなかったのか、アナの部屋からは

遅くまで灯りが漏れていたらしく、ダンナは眠れなかったんじゃないかと朝になって心配して

いた。私は久々のバタンキューで気付かなかった。

次の日もアナはハードスケジュール。まず「血の池地獄」から始まる市内観光にはじまり

その後は長いリハーサル。交流会を兼ねた夕食会。コンサート本番とつづいた。

私たちもそそくさと夕飯を済ませ、コンサート会場へ。正装したアナが忙しそうに打ち合わせを

していて、私たちは「あっ」と声をあげ、まるで家族にあった気持ちになっていることに気付いた。

最初の「大分シンフォニック・ウインド・オーケストラ」の「天国と地獄」の演奏に、今日のコンサー

トは絶対いいぞ!という確信がわき、実際どの曲も素晴らしかった。

このメンバーのなかにレイの部活の先輩である中学三年生も数名含まれていて、大人に

まじっての堂々たる演奏に、驚いた。

「コインブラ吹奏楽団」の演奏は、やはりレベルが違うと言う事は素人の私にもわかるほど。

メンバーはコインブラ大学で音楽を学ぶ学生で、そのエネルギッシュな演奏と抜群のリズム

感に心の底から感動した。哀愁をおびたポルトガルの音楽にも何か日本との結びつきのような

ものを感じた。

興奮さめやらぬ私たちは、「よかったよかった。疲れたやろ。さあ、帰ろうか」と幸せな気分で

演奏を終えてほっとしたようなアナを迎えた。そして、車に乗り込み、「さあ、帰ろう」とした時

…思いもよらぬ出来事が。



時間がなくなったので、つづきはこの次に。  アデウス。
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by morinotomosibi07 | 2008-10-05 14:29 | 世の中のこと  

託された命

奇跡のような偶然のようなそんな道のりを経て誕生した命は、その後も奇跡と偶然を

繰り返しながら、成長する。大人達はそれをあたかも自分の力と勘違いするけれど、

生まれてすぐの赤ちゃんにも立派にその力が備わっている。私たちはその成長をほんの少し手

伝わせてもらっているだけ。あなたにこの子を託します。立派に育ててみんなの所に返して下さ

い、と神様にほんの少しの間託されているだけ。神を信じているわけではないけれど、うまく言え

ない私はそんなふうに思う。託されているだけ。その間、自分の努力から必然を生み出そうと

もがきながらも、奇跡を目にしては驚き、喜び、涙して、偶然の力にただただ感謝の気持ちで

いっぱいになる。(これでよかった。よかった)と祈るような気持ちで。

(私に返せる日がやってきますか?)と自分に問いかけながら。

そんなふうに託された命をどうして勝手に消し去ってしまえるだろう。あなただったら大丈夫だか

ら、と神様が託してくれた命だから、ちょっとそれが重たくなったときは、隣の人にほんのしばらく

代わってもらえばいい。隣の人は、ほんのしばらくその命を預かってあげればいい。
 
そうやって託された命をみんなで育てればいい。(あなたは大丈夫?)といつも隣の人と

その人に託されている命を見つめてあげればいい。その命もその隣の命その隣もいくつもの

奇跡と偶然が重なり合って成長しながら、わたしたちに夢のような素晴らしい時間を与えてくれ

る。それが命を託された者への唯一のごほうびになるのだろう。

自分ひとりで抱え込まないで、託されたひとつひとつの命をみんなで大事に育てよう。

そして一人一人がみんな違って、みんな大事な社会の一員として迎えいれられるよう、

その日まで、少しのお手伝いと、後は奇跡と偶然を信じて見守っていこう。

宝物のこどもたちを。社会の宝を。託された命を。

私が預かってる命を返せる日はまだまだ遠いけれど、きちんと返せるように、重くなった時は

隣の人に言えるようにしながら、隣の人には聞いてあげれるようにしながら、

6個の命育てていこう。
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by morinotomosibi07 | 2008-09-23 22:19 | 世の中のこと  

ヒジキごはん

このところ、夕飯は洋風が続いたので、今日はぜひとも和食で、という三女ユリ氏の

要望もあって、仕事帰りにユリ氏と買い物へ。

とはいうものの、今日は昼休みも取れなくてヘトヘトだったので、料理をするモチベーション

やや低めななか、(魚が食べたい)という気持ちだけを支えに食材を物色。

(わっアジの開き売り切れか…) (わっアジずしが199円!) (わっ刺身の盛り合わせが

大幅値下げ) (わっ…) とワクワク感を取り戻しながら、魚のコーナーを行ったり来たり。

(刺身を使って海鮮丼にするか。食べれない人はどうする?)と考えながら、しばらく

刺身とにらめっこ。ユリ氏がなにか言ったような気がしたが、よく聞こえない。というより

聞いてない。なかなか考えが決まらないので、気分転換に野菜コーナーへ。

(ああ、いっそ今日は豆乳なべでもしようか。いやいくらなんでも鍋は早いか)頭の中が

ますます混乱。

ユリ氏がなんか言ったような気がした。(簡単なのでいい…)みたいな。

(なんかいまいちイメージわかない。でもいい加減ってのもなんか許せん)

と魚コーナーへとってかえすと、途中でヒジキが目に入った。

「ヒジキご飯や。なっこれが食べたかったんや」とユリ氏に言うと、「妥協せんでよかったな」

と安堵の表情を浮かべる腹ペコのユリ氏。

ヒジキの黒と上にのっける卵のそぼろの黄色の鮮やかコントラストが頭に浮かぶと

あとはなんでもいいやと思えて、冷奴用のとうふとダンナに鯛の刺身を少し買って帰った。

きゅうりとトマトのサラダに大きめのジャガイモの味噌汁、モロヘイヤのお浸しを作って

完成。ヒジキご飯を大きめのボールにドーンと入れてテーブルに置くと、予想どおり

それだけでご馳走。「わーおいしそう」とガツガツ食べ始める家族を見て、(これにして

良かった)と思った。家族って不思議。食べたいものがいつのまにか一緒になるんだ。

今日の夕飯の話題は言わずと知れた「福田首相辞任問題」。 この分野になると俄然

ヘゲモニーを握るダンナの独断場となり、口角泡を飛ばしつつ、その合間に

「ヒジキご飯うまいな~」といつにもまして上機嫌のダンナを見ながら、(やっぱこの人の

言葉に嘘はない)とちょっとうれしくなった。

景気の話になったので、私が「スーパーでは主婦は相当頭悩ませてるよ。みんなスッと買わな

いもん。私もそう。」と言うと、ユリ氏が「そうで。おかあさん、ずーっと刺身眺めてて私が

同じこと三回言っても聞こえてないんやもん」

あっ、あのときやっぱり何か言ってたんだな。
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by morinotomosibi07 | 2008-09-03 22:14 | 世の中のこと  

ゲリラ豪雨

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降り続く雨の音が気になり、今朝も早くから目が覚めた。二度寝するには中途半端な

時間だったので、早々にお弁当作りを開始。今日の弁当持ちは、ダンナ、エリ、レイ。

夕飯の残りも利用してささーっと作り、気になる雨の様子を窓から眺めた。

お弁当の中身は、カラーピーマン入り豚肉のしょうが焼き、冬瓜のかにあんかけ、

ゆで卵のマヨチーズのせ、ハムサラダ、枝豆ご飯。

知り合いのおばさまが最近話題の「ゲリラ豪雨」のことを、ひところ「ゴリラ雨」と

言っていた。「ゴリラが怒っているような雨」と認識していたようだ。確かにそうかもしれない。

愛知の被害はすごいですね。昨夜のニュースで解説者がこの水害の

ことを「自然には勝てない」てなことを言ってたけれど、ダンナが「人間が作り出した面も

あるだろう」と憤慨していた。そのとおりだ。被害の様子は見ているだけで呆然としてしまう。

今後も強い雨が降るとのこと。うちもそれぞれ仕事やバイトや部活に出かけるのだが

どうか無事帰ってきますように。皆様もお気をつけください。
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by morinotomosibi07 | 2008-08-30 07:32 | 世の中のこと  

ファミレスでの出来事

昨日は次女エリさんが高校のときの友達数名とキャンプに出かけて

いなかったりしたので、それが理由というわけではないけど、夕飯は外で食べることに。

某ファミリーレストランにするかラーメン屋にするか家族で話し合った結果、

多数決でファミレスになった。四女レイさんはすでにお風呂をすませ、

ジャージ姿。着替えようかどうしようか迷ったあげく、超めんどくさがりやの彼女は

「これのどこが悪い」とさっさと車へ。お店の駐車場はほぼ満車。ここでレイは

初めて少し不安になり「どうか、友達とか先輩に会いませんように」とブツブツ

言いながら、いつになくオドオドした様子で店内へ。あたりを見回し、どうやら知り合いは

いないことでホッして席についた。

私たちの右後方のテーブルに4人のおいさんの姿が見えた。よく見ると不思議なことに

4人掛けのテーブルに2人、その隣の4人掛けのテーブルに2人と分かれて座っている。

(4人で座ると狭いからかな)と思ったけど、テーブルの隙間を挟んで、4人がおでこを

くっつけるようにして、談笑している。(なら、いっしょに座れよ)とつっこみたくなるほど

店内は満席状態。左後方には、同じ制服を着た女の人たちがテーブルを3個くっつけて

これまた楽しそうに談笑中。どういうわけか一人だけいかにも気の弱そうな男性がいた。

で、なんとなくいや~な予感がした。

メニューも決まり、注文を済ませて、まずはミーコが転校していった友達が帰省したので

会いたいとの連絡をくれて会いに行った話をみんなで聞いていたら、「ガハハハ」

とか「ワー」とかの歓声のような声が店内に響き渡り、(えっ?)

その後も歓声は鳴り止まない。ユリ氏が「うるさいなあ」とにらむ目線の先は…。

いや~な予感どおり、左後方のOLたち。「よっぽど楽しい話なんでしょう」と我慢して

いたけれど、それまで反応しなかったダンナがついに一言「うるせー!!」

それでも一向に気に止める様子もない。するとユリ氏が笑いながら、「男の人が

指でシーッってしてる」 心なしか少し静かになった気がした。

別に気取って食事する所でもないし、ガヤガヤとみな談笑しながら楽しそうに食事して

いるんだから、いいんだけど、だからこそ、他の人たちの会話を中断させるような大声を

出して騒いだり、自分たちのテンションで店内の雰囲気を変えたりするのは、

私には許せなかった。一旦(許せない!)ってなったら、心のキャパの狭い私は

それまで一回も振り向かなかったくせに、ドッと歓声が沸くたびに、キッと左後方を

振り返って思いっきりにらみつけた。OLたちとは一回も目が合わなかったけど、

あの気の弱そうな男の人とは必ず目が合って、申し訳なさそうに(すみません…)

と言ってるような気がして、かわいそうになった。

そんなこんなで、やっぱり家族でたべるのは家に限るなと思い、今日から三日間の

休みにと図書館でたっぷり料理本を借りてきたので、料理三昧といきますか。

ちなみに今日の夕飯はライスコロッケ、トマトのファルシまで決まった。あとは

おいしいスープがあればいいかな。
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by morinotomosibi07 | 2008-08-28 12:43 | 世の中のこと  

織田裕二さん、見てましたか

昨日のオリンピック男子400メートルリレー、すごかったですね。

第1走者の塚原選手はスタート直前の気合の入ったパフォーマンスどおり、

いい走りで末続につなげ、第3走者の高平はあの超人ボルトといっしょに

トラックを駆け抜け、2位で朝原に。そして兄貴やりましたね。

ゴール手前、(ああ、もうだめか…)と思っていたら、見事3位でゴール。

あとで解説の人が彼の走りを「ゴール手前で乳酸がでてくるあたり、ここから

がんばりましたねえ」と言っていた。これまでの必死の努力やつらい練習の結果で

あることはもちろんのこと、自分の力を超えたなにかに動かされていたような

あの走りは、彼の「夢のようだった。楽しかった。」という言葉とさわやかな笑顔が

物語るとおり、自分を超えるということ、自分に負けないということは、自分を超越するだけで

なく、いままでにない世界へ自分をひきあげてくれる、大きな大きな世界がまた目の

前に広がる、そういうことなのかなと改めて思った。見事なラストランだった。

そして、「兄貴のために走った」「上の二人を支えようと思った」という二人の

若いアスリートの言葉や「短距離界を支えてこられた先輩方の力」ということを

力説した末続選手の言葉に、単なるメダル争いだけではない、人のためにがんばる

ということの意味がスポーツには含まれているんだと思った。

眠い目をこすってダンナと二人して見てよかった。(ダンナはボルトのパフォーマンス

の方が見たかったらしいが、この四人のインタビューに目頭を押さえていたのを

私は見た)

好きな野球やバレーはいまいちだけど、こういう機会にいろんなアスリートの人たちの

姿を見たり言葉が聞けて、そういう意味ではオリンピック楽しかった。

競技以外にあまりお金をかけずに、もっとシンプルに出来ないものかという思いは

依然としてあるけれど。
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by morinotomosibi07 | 2008-08-23 10:25 | 世の中のこと  

さよなら、ミセス・ターシャ

アメリカンブルーの花がベランダや小さな庭のスペースにチラホラ

咲き始め、その隣の薄いピンクや白の日々草の可憐さが

ブルーの花をいっそう爽やかに盛り立てている。

あとは黄色や濃いピンクのポーチュラカが咲きそろえば、

暑い暑い夏がやってくる。


主を失ったあの庭はどうなるんだろう。ミセス・ターシャのあの庭は。

彼女の死をきっと世界中の人が驚き、悲しみ、そして見つめているだろう。

折りしも大分のトキハで彼女の催しが開かれている。まるで追悼展のように。

「この人の暮らし方をみてみろよ」と言って、ダンナが一冊の本をくれたのは

いつごろだっただろう。「こんな暮らしが理想だな」と二人でかわるがわる眺めた。

その暮らしぶりは理想とか憧れとかを通り越して、私にはあまりに眩しく、崇高に

思えて、見れば見るほど足元をすくわれそうな気持ちになって、いつも

途中で本を閉じた。たくさんの物を作り出すゴツゴツとしたふしくれだった

指が、何が大事かを物語っていた。

粉だらけのキャニスターもピカピカの銅のやかんも

たくさんの手編みのかごも、彼女のまわりにあるもの全てに意味があり

いつも出番を待つ子どものように見えて愛おしかった。

もし私が同じものを持ってもそんなふうに愛せないだろう。

そんな丁寧で飾りのない真面目さが眩しかった。

これほどまで文明が発達した現代において

18世紀の農家の暮らしを忠実に再現するその暮らし方には

ある程度のお金と多くの人の力を必要としただろう。でも彼女があえてそういうことに

自分の財産や命をかけることを選んだことはとても尊いことであり、

多くの人に豊かさの意味を投げかけ感動を与え、歴史や伝統を伝えようとした

その生涯は、ほんとに意味のあるかけがいのないものだったと思う。

だれかが彼女の遺志をついで、これからもあの暮らしを守り続け、伝え続けてほしい。

もうとっくに現代には生きていなかった彼女は、だからこそこれからも永遠に

生き続け、どこかで同じように暮らしているのかもしれないけれど。

心よりご冥福をお祈りします。
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by morinotomosibi07 | 2008-07-02 14:21 | 世の中のこと