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英語なんか怖くない

「私明日出発なのに、こんなもの買ってきてしまった…帰るまでヨロシク」とエリさんに渡された

ミニ薔薇やらガーベラやらの鉢植えの花。「なんでまたいきなり。花なんか興味なかった

やろ」と言うと、「なぜか買ってしまったんやもん」  

向こうに着いたらとりあえず「無事着いた」とだけ連絡するように、とあれほど言ったのに、

なんの音沙汰もなし。もうとっくに着いてるはず。「携帯が使えないので、パソコンからメール

だけでもするから」と言ってたから、メールの着信音がなるたびに、祈るような思いで携帯を

開く。メールがこんなに待ち遠しいのは生まれて初めてだ。

花に水をあげながら、だんだん不安が募るばかりで、ダンナに言うと「電話してみりゃいいやん」

(そう言えば現地事務所の電話番号書いた紙あったな)と思って見てみると、あった、あった。

(日本人スタッフがいるので、日本語で大丈夫)と書いてある。

「でも、もし英語やったらどうしよう…」とダンナに言うと、「だから、英語勉強しなさいって

常日ごろオレが言ってるだろう」 (そんなこと今言うな!)と思いながら、番号を押す。

(話中か…) なぜかほっとする。もう一度かけてみるがやはり話中。不安が蘇る。

もう一度かけてみる。変わった呼び出し音がして、その後に「ハロー」

(え、え、英語やん。) 「ハロー」と言ってみた。そのとたん、ベラベラーっと英語で何か

言ってきた。「えーっと、あのー」 「……ask me」  (ん?今アスク ミーって言ったな。そうや

あんたに尋ねたいんや。エリさんの行方を)と心の中で言った。

ダンナがニヤニヤ笑ってる。いつも私が電話で応対に困ってると、ああ言えとかこう言えとか

言うくせに。そこで、思い切って言ってやった。「私日本人ですけど」

まだ英語で何か言ってる。「あのー日本語わかる方に代わってください」

「オー、ニホンゴネ」 (おお、通じたか) 「はい、お電話代わりました。私ツツミと申しますがどち

らさまでしょうか」 なつかしい日本語に涙が出そうになった。

事情を話すと、「少々お待ちください」と言って、電話の向こうで英語で何やら言っている。

そして「はい間違いなく昨日エリさまは到着されて、本日はオリエンテーションも終わり

ただいまは、学校の方で授業を受けられてるということです。大変ご心配をおかけしました」

なんて流暢な日本語。って日本人だけど。

まだニヤニヤしてるダンナに「着いてるって」と言うと、「お前本気で英語勉強しろよ。

恥ずかしいぞ」 (何が恥ずかしいか)と思ったけど、ちょっとした会話ぐらいできれば

こしたことはないかなと思う。子供が小さい頃、公園に行って遊ばせながら、何を思ったか

この時間を利用して英語の勉強しようと決めて、たしかTOEICの単語のテキスト買ってきて

ウォークマンで聞いたりしたなあ。時々口にだして「アバンダン」とか「アブドメン」とか

言って、周りの人から変な目で見られた。あの時ちゃんと勉強しとけばよかった。

来月は四女レイの部活の先生からの依頼で、ポルトガルの方を一泊お泊めすることに

なっている。エリさんの学校からも留学生のホームステイを依頼されている。

否が応でも英語が飛び交うことになるので、少しは勉強しておこう。

とりあえず、エリさんが無事に到着してよかった。
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by morinotomosibi07 | 2008-09-30 14:58 | 次女エリのこと  

異国のエリさん

今日は朝からソワソワ。その訳は…

次女エリさんが今日異国へ旅立った。今頃は機上の人か。行き先は「フィジー」

語学留学を斡旋する会社のモニターのお仕事らしい。従って渡航費用や滞在費は無料なんだ

けども、なぜに「フィジー」なのか今もってわからない。だって年中真夏の赤道直下の国。

いわば楽園といえるところかもしれないけど、エリさんには似合わない。

少し前から渡航準備をしながら、自分でも[私ほんとに行くの?」と言っていた。

荷造りの一番最後に「あっ水着」と言って、白と黒の水玉の水着をトランクに入れてたけど、

その模様もフィジーの海にどうかと思うけど。

そう張り切るわけでもなく、いつもどおり小さな声で「いってきます」と言って、旅立って

行ったけど、まずは無事にフィジーに到着するのかどうか。

1週間ほどのホームステイだというけど、考えすぎるといろんなこと想像して「エリ~カムバーッ

ク!!」」と叫びそうになるので、(可愛い子には旅をさせよ)の精神で、待つことにしよう。

おみやげたくさん持って帰っておくれ。
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by morinotomosibi07 | 2008-09-28 15:05 | 次女エリのこと  

はるきち と まりもっこり

本日は、ダンナの仕事もちょいと兼ねて、玖珠から日田方面へドライブ。

お供にミーコとミーコのお友達の名づけて、「はるきち」とその妹の「まりもっこり」を連れての

日帰り旅。私たちにお供してくれるのは、もはやミーコぐらいになった今、きょうはにぎやかな

お供が増えて、ミーコもうれしそうだけど、車中でもずっと絶えない笑い声に、こちらも

久々に(家族連れはいいなあ)と昔を思い出した。いつも出かける時は用意周到で、完璧なまで

のナビゲーターとして、なかばそれだけで神経すり減らし気味のダンナも、今日は終始

穏やか。子供達が同じことを言って笑ったり、変な替え歌を延々歌っても、「子供のころは

だれでもそうだよな」 とか 「子供は繰り返しを恐れないところが素晴らしい」 とか

「それでも時々微妙な変化を加えたりするところがこれまた素晴らしい」とか言って、

褒めちぎる。まりもっこりがあまりにしつこく歌うので、さすがに姉のはるきちが「いい加減に

やめなさい」と注意すると、「引き際もまた素晴らしい」と褒めたたえていた。

ほんとはとっても人見知りなダンナは小さな子供にもどう接していいのかとまどうのだが、この2

人には不思議と気を使わないで済むという。それはよそにお邪魔しているということの意味を

子供なりにきちんとわきまえていて、それでいて、物怖じせず、自分の意見もちゃんと言えて、

大人ともコミュニケーションが充分とれるこの2人だからだろう。とても無邪気に戯れて遊ぶ二人

が肝心なところでは礼儀正しいときてるもんだから、ダンナは初めてよその子供を本気で

(かわいい)って思ったのではないだろうか。とくにまりもっこりのかわいさには、メロメロの

ようだ。そんなわけで、2人は今晩はうちに「お泊り」することになった。夕飯はダンナと

まりもっこりの要望で「カレー」に。冷凍の豚肉があったので、カツにして、あとかぼちゃや

ナスもカツにして、名づけて「いろいろカツカレー」 トッピングはセロリの葉のさっと煮と

細切りポテトのフライとつぶしたゆで卵、ミニトマトとチーズ。

食べ終えて片付けをしていると、2人のパパとママがシュークリームをたくさん持って、

お見えになった。まりもっこりが寂しくなって「帰る」と言い出さないかとハラハラしたけど、

「バイバ~イ」と言って、大きいシュークリームをふたつペロリと平らげていた。

はるきちが自分が食べる前に「おばちゃんどうぞ」と勧めてくれたのが、とてもうれしかった。

はるきちにパパの歳を聞いて驚いた。ダンナよりふた回り以上若い。ダンナにとっては、自分の

息子にしてもおかしくない。じゃあその息子の子供のはるきちとまりもっこりは…孫ってこと…

それじゃメロメロにもなるわけだ。まっミーコが生まれたとき、ダンナは「おれはこの子をかわい

がりすぎてダメにしてしまう」と無理して厳しく育てたもんなあ。

明日は私は仕事だけど、ダンナも入れて4人でなにをして遊ぶんだろう。
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by morinotomosibi07 | 2008-09-27 23:05 | 末っ子ミオのこと  

数学はおもしろい

昨日は仕事が休みに入る前日で、毎度の事だけど疲れもピーク。

食材も毎度ながら乏しくなって、ありあわせで料理。ダンナはこのところにしては珍しく自室で

ジャズを大音量で聞いている。漏れてくる音を聞きながら、軽くスイング感も手伝って、せっせと

夕飯作り。残り野菜を入れたスパニッシュオムレツ、ポテトサラダの餃子、マーボーナスのレタ

ス包み、長いもとさといもの味噌汁。そして、夕げの話題は数字の「0」について。ダンナが「昨日

数字のゼロの話をしたのを覚えてるかな。ミーコ君」 (いつそんな話をしたんかい) 「0と1の間

にはどんな数字があるのかな?」「えーっと、0.1、0.2…」 「よく覚えてたねえ。0と1

の間にはたくさんの数字があるんだよなあ。」 (それがどうしたん)と思って聞いていると、だん

だんテンションがあがるダンナがうっとうしくなって、体をちょっと斜めにした。「宇宙の始まりが0

とするな。それが1になるっていうのは大変なことで…」 (なんか話ずれてないか)と思うとます

ますうっとうしくなって、さらに体を斜めにした。しかも、宇宙の始まりはほんとに0か?いろんな

物質があったんやろ。

「ゼロの発見は十進法にとって画期的やったんやろ」と私が言うと、「そうそう。それを発見したの

はたしかインド人や」とダンナ。その時ユリ氏がはじめて口を開いて「インド人に拍手!!」

わが家ではなにかにつけ、みんなで拍手する習慣がある。「フランスでは6進法らしいな。だか

らフランス人は大変らしいぞ」 (ほんとか?) すかさずユリ氏が「フランス人に拍手!!」

誰もが中途半端な理解しかないので、核心的な話はできないのがはがゆいけれど、こういうこ

とを通して、だれか数学とか科学とかに興味を持つ子供が現れてくれないかと思う。

円周率や面積で早くも数学とは一線を画した私だけれど、数学っておもしろいかもって

最近になって思う。数学嫌いの子供が増えていると言われる昨今、、もっと違った形で

数学にアプローチしてくれないものかと、先生たちに願う。

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  本日いつもの八百屋さんで購入したもの。カリフラワー、セロリ、パプリカ、オクラ
  レタス、トマト、じゃがいも、ブドウ。しめて1047円なり。
  野菜を買うと元気が出る。
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by morinotomosibi07 | 2008-09-26 14:54 | 料理のこと  

世界は広い

この狭い国のほかに行ったことのある国はないけれど、世界がものすごく広いってことを

身に沁みて感じることができるようになったのは、つい最近。ましてや子供の頃は、線路の

向こう側の知らない町や、親戚の住む隣の町が自分では行くことができない遠い世界。

大人になって、こんなに近かったのかと驚くほどに。

子供の頃のたった一度の大冒険。父と祖父の折り合いが悪くなって、しばらく別居することに

なった。大好きな祖母と離れるのがつらかったり、転校した学校になじめなかったりで、

元のおうちに帰りたかった。両親にはそんなこと決して言えるはずがないことは、小さい私にも

よくわかっていた。そんなことを考えながら学校の教室の二階の窓から外をぼーっと眺めて

いたある日。気がついた。(あの線路の向こうにおうちがある。おばあちゃんがいる)

次の日も窓から外を見て、私は決心した。(行ってみよう) ふたつ下の妹を連れて、放課後

まっすぐまっすぐ線路だけを頼りにおばあちゃんのうちにむかった。渡ったことのない踏み切り。

でも必ずたどり着くはずだからと、妹の手を握って、泣きそうになるのを我慢して歩いた。

よく遊んだ川が見えてきた。(もうすぐだ) なつかしい我が家が見えてきたときは、ほっとした

半面、叱られたらどうしよう、と不安になった。「おばあちゃん!!」と家に飛び込んだ時、

もう何年も会ってなかったかのようにワーワー泣いてしまった。「よう来たなあ」と言ったまま

祖母も言葉にならなかった。叱られるどころか、祖母は「ごめんな。ごめんな。辛い思いを

させたなあ」と謝るばかり。(おばあちゃんが悪いんじゃない)と言おうとしたけど、言えなかった。

子供に辛い思いをさせたり、怖い思いをさせてはいけないと、この後、父と祖父は仲直りし、

お互いの家を行き来するようになった。その一年後またいっしょに暮らすようになった。

あの大冒険と思えた道のりは、大きくなってたどってみても、簡単な道だし、車だとものの

10分ほどだけど、歩くには相当の距離だった。なにより初めて見る町は、とっても広かった。

そして、見知らぬ町は心もとないけど、ワクワクもした。忘れることのできない大冒険。

大人になっていろんな町で暮らしたけどどの町も私にとっては、冒険のようでワクワクした。世

界は広くて、自分を縛るものは何もないんだと思うとうれしくて仕方なかった。自分が何かにな

れるとか、夢とかあったわけでもなくその時すでに母親だったりしたんだけど、それでも子供の

頃のあの小さい小さい町からどうにか飛び立ったんだという思いでいっぱいだった。その頃の両

親の心配はいかばかりかと、今になって思うけど。

目をつぶって、それらの町の記憶を時々引っ張り出しては、ひとりで旅しているような気分に

浸れるという、これ、一種の特技かなと思うけど、そんなふうにしていると、その町を今ほんとに

歩いているような気になれる。それが楽しくて、暇なときそんなことをして遊ぶんだけど、

ダンナに「私そういうことができるんで。でな、どう考えても行ったことのない町が出てくるんや

けど、それがまたおもしろいんや」と言うと、「そんな現実逃避みたいなことはやめなさい。

危険です」と言われてしまった。外国の紀行番組を何気なく見ていると、しばらくすると家の窓か

らすーっとその町の風が吹いてきて、匂いまでしてきて、その町にいるような気分になる。

これはダンナに言うと、「うん、それは安上がりでいいことだ」

もしか今の自分が住む世界のなかでもがいている若者がいたら、もっともっと世界は広いから

自分で足かせを解いてごらん、と言ってあげたい。世界はほんとに広いからって。

それを知りたくないですか?って。もう一回人生やり直せるなら、今よりもっともっと広い世界

を早いうちに知っときたかった。可能性ってやつですか。もっともっと追求したかった。

まだ間に合う、まだこれからの若いひとたちに、くやしいけど、うらやましくて仕方ないけど

そう言ってあげたい。たかだか自分が住んだ町や夢のなかの幻の町しか知らない、自分の世

界もいっこうに広がらないこんな私が言うのもなんだけど、世界は広いやね。
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by morinotomosibi07 | 2008-09-25 21:42 | 自分のこと  

苦手なもの

「おかあさんね、今日ボタモチつくるからね。楽しみにね」と末っ子ミーコに

言った何日か前のこと。「私ちょっとアンコ食べれるようになったよ。ゴキブリもクモももう怖くな

いよ!!」とミーコが得意気に言った。(そうか。アンコ苦手だったな。でも、食べられるって?

なんで?)と思ったけど、「おかあさんはゴキブリはまだ怖いなあ」と返事した。

私が張り切って作るってんで、気を使ったのか、それともここらで食べられるようにしないと

みんなが食べてるとき、おいてきぼりのように感じるのがいやなのか、アンコ嫌いをちょびっと

克服したり、虫にびびらなくなったりしたミーコは、ほんとエライなと思う。私は苦手な牛乳や

トマトを克服できたのは、もう立派に大人になってからだし、ゴキブリなんぞはおそらく

一生苦手なままだろう。そう言えばミーコはキムチも少し食べれるらしい。私は食わず嫌い

なのかもしれないが、ピリ辛味が苦手。「柿の種」はピーナツだけ食べる。うどんには

七味とかまずかけない。タバスコなんかもってのほか。その私があるお店で冷麺を注文したら

韓国冷麺が来てしまい、仕方なく食べることになった。キムチはもちろん食べれなかったけど

ピリ辛のエキスがたっぷりしみこんだ麺やスープは、残すと申し訳ないのでなんとか食べた。

ノック・アウトを喰らったような気持ちで眠りについたその夜、キムチの入ったツボのようななか

に鼻までどっぷり漬かっている夢を見て、もがき苦しみながら目が覚めた。再びノック・アウトを

喰らってしまい、しばらく蒲団から起き上がれなかった。これを克服するのはもうあきらめて

いる。こんなことも思い出した。小さい頃夜中に目が覚めてしまって、なかなか寝付けなった時

ほんとに朝が来るのかと心配になって、何度も母を起こしに行ったこと。雷のせいで、停電して

しまった夜、家族で一階の部屋に集まっているとき、「あれ?いつもいっしょのお人形さんは

どうしたん?二階においてきたん?かわいそうになあ、お人形さん泣いてるやろうなあ」と

大人たちにからかわれ、悔しくて、「雷なんか怖くないもん。二階にも上がれるもん」と大見得

切ったものの、なかなか取りに行けなかったこと。親戚のおばちゃんが子供をかばって、全身に

大火傷を負って入院したと聞かされ、「お見舞いにいこな」と祖母に連れられ、行った病院。

真っ暗な夜道のなか、ボーッと光る病院の玄関が近付いてくると、全身を包帯でグルグル巻き

にされたおばちゃんの姿を想像して、足が止まってしまって祖母を困らせた。病室の

おばちゃんは、グルグル巻きでもなんでもなくて、「あら、よう来てくれたなあ」といつもの明るい

笑顔で迎えてくれた。ちょっと安心したけど、「胸から太ももまでえらい火傷らしいで。先生があ

の火傷でよく我慢できたもんやって、おばちゃんのこと褒めてたんやで。おばちゃんに言うたら

なあ、子供をかばうのに必死やったって。えらいわなあ」と祖母が話すのを聞いて、 

帰り道、おばちゃんの笑顔の下の痛々しい傷のことを想像すると、また怖くなって祖母の手を

いつにもまして、ぎゅっと握り締めたこと。

大人になるにつれ、必要とあらば暗い部屋に一人で行けることや、眠れない夜でも、必ず朝が

来る事や、子供のためならなんだって出来る事がわかってきた。大人たちに見守られながら、

怖いものや苦手なものを克服していく力が子供にはあるんだってことが。それは子供自身に

備わってる力なんだってことが。どの子にも。どの子にも。大人たちは脇役で、主人公は

いつだって子供達。それを間違わないようにしようと思う。まだまだ苦手なものを克服できない

大人だからこそ。

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by morinotomosibi07 | 2008-09-25 14:40 | 自分のこと  

託された命

奇跡のような偶然のようなそんな道のりを経て誕生した命は、その後も奇跡と偶然を

繰り返しながら、成長する。大人達はそれをあたかも自分の力と勘違いするけれど、

生まれてすぐの赤ちゃんにも立派にその力が備わっている。私たちはその成長をほんの少し手

伝わせてもらっているだけ。あなたにこの子を託します。立派に育ててみんなの所に返して下さ

い、と神様にほんの少しの間託されているだけ。神を信じているわけではないけれど、うまく言え

ない私はそんなふうに思う。託されているだけ。その間、自分の努力から必然を生み出そうと

もがきながらも、奇跡を目にしては驚き、喜び、涙して、偶然の力にただただ感謝の気持ちで

いっぱいになる。(これでよかった。よかった)と祈るような気持ちで。

(私に返せる日がやってきますか?)と自分に問いかけながら。

そんなふうに託された命をどうして勝手に消し去ってしまえるだろう。あなただったら大丈夫だか

ら、と神様が託してくれた命だから、ちょっとそれが重たくなったときは、隣の人にほんのしばらく

代わってもらえばいい。隣の人は、ほんのしばらくその命を預かってあげればいい。
 
そうやって託された命をみんなで育てればいい。(あなたは大丈夫?)といつも隣の人と

その人に託されている命を見つめてあげればいい。その命もその隣の命その隣もいくつもの

奇跡と偶然が重なり合って成長しながら、わたしたちに夢のような素晴らしい時間を与えてくれ

る。それが命を託された者への唯一のごほうびになるのだろう。

自分ひとりで抱え込まないで、託されたひとつひとつの命をみんなで大事に育てよう。

そして一人一人がみんな違って、みんな大事な社会の一員として迎えいれられるよう、

その日まで、少しのお手伝いと、後は奇跡と偶然を信じて見守っていこう。

宝物のこどもたちを。社会の宝を。託された命を。

私が預かってる命を返せる日はまだまだ遠いけれど、きちんと返せるように、重くなった時は

隣の人に言えるようにしながら、隣の人には聞いてあげれるようにしながら、

6個の命育てていこう。
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by morinotomosibi07 | 2008-09-23 22:19 | 世の中のこと  

ぼたもち

昨日は「ぼたもち」作った。小さい頃によく食べたちょっと大き目のやつ。

「ぼたもちあるでえ。はよ食べよ~」って学校から帰るとテーブルの上にでーんと置いてあった

「ぼたもち」  大好きで何個も食べたんだけど、このやぼったい名前がキライだった。

「小さい頃神棚に手を合わせて一生懸命お願いしてたら、お供えしていたおモチがボタっと

落ちてきてなあ。そこからこの名前がついたんや」と母から言われ、(それはありがたいこと

やけど、それにしてもダサイわな)と思っていた。これだけは何個食べても叱られないどころか、

「よう食べたなあ」と感心してもらえるので、調子に乗って次々とたいらげる自分もダサクて

いやだった。大きくなって「おはぎ」という言い方を覚えてからは、母や祖母が「ぼたもち」と

言うと、「おはぎね」と言い直していた。小学校の2,3年生の頃だったか、実家の近くの駅前に

ケーキ屋さんができた。名前はたしか「モンテローザ」

学校が終わると友達と早速出かけた。そこにあったひとつのケーキに私の目は釘付けに。

(なんやこのグルグルしたやつは。焼きそばみたいや。上に乗ってるのは栗か?)

私は迷わずそれを買って帰った。ひとくち食べたとたん口中に広がるふんわりと甘いクリーム

の味。これが初めて食べた「モンブラン」 その後もこのモンブランを買いによくケーキ屋さんに

行った。何かといえば、デーンと置いてあった「ぼたもち」には目もくれず。

でも、モンブランほおばりながら、なんとなく後ろめたい気持ちになったのはなぜだろう。

一人でこっそり食べてたからか?夕飯前だったからか?今でもケーキは大好きだけど、

一人で食べるとなんだか罪悪感にかられる。みんなで食べても、ふたつめとかになると

ものすごい勇気がいるし、食べた後はなんとなく後ろめたい。

これってなんだろう。それに比べると、ぼたもちはいくら食べても平気だし、やっぱり誰かに

「よく食べたね」って褒めてもらえそうな気がする。

春のお彼岸に食べるもちを牡丹の花に見立てて「牡丹モチ」 それが「ぼたもち」になったとか。

秋のお彼岸は萩の花で「おはぎ」  牡丹と萩か。今は季節の区別なく、むしろ地方によって

呼び方が違うって程度らしい。私には、ちょっと大き目のつぶあんの「ぼたもち」の方が

ダサイけど、ピンとくる。

ご先祖さまに思いを馳せて、今日自分達があることに感謝しよう。感謝しながら、大好きな

「ぼたもち」またいっぱい作ってみんなで食べよう。

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by morinotomosibi07 | 2008-09-23 13:57 | 料理のこと  

6人6様

昨日は昼休みが長かったので、なんか「家仕事」をしようと思って、色々考えた結果、

ランチョンマットでもつくるか、ってことになった。

レイとミーコも誘って、ハギレのなかから、好きな布を選んで、まずはデザインから。

これが面白い。少ない布を使っていかに有効にそしてかわいく作るか。その時点では

だれもミシンをうまくあやつれるかどうかは二の次だった。もっとたくさんの布があったら

どんなにこの場が楽しいだろう、と言いながら、パズルのように布をあっちにやったり、

こっちにやったり、ラジバンダリ!!(このギャグがわかる人はかなりのお笑い通です)

エリさんが途中からやってきて、「なにしてるの?」と言うので、私は得意気に

「ランチョンマッチョつくりよん!!」と見事に噛んでしまった。「ランチョンマット!!」

と鋭くレイにつっこまれた。「そうよなあ。マッチョってなあ。そんなランチョンマットって

いやよなあ。ご飯食べようと思ったら、マッチョな人がやってきて、その人の手の上に

食器おいてくれる、みたいな。私がランチョンマッチョです!みたいな」

しばらく笑いが止まらなくて、作業はいっこうに進まない。

でも、ふだんそれぞれが思い思いに過ごすことが多い休日の昼間。こうしてみんなで

ひとつのことをするのは新鮮だった。デザインが決まって、いよいよミシン。(ここはひとつ

ビシッと決めないとな)とドキドキしながら、「おかあさん大丈夫?」と心配そうなミーコに

「簡単、簡単」 (とにかく真っ直ぐぽく縫えばいいんや) いけー!!

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   6人6様のデザイン  なんとか形になった。いつものご飯のときにこういうのがあるだけで       気持ちが和むな、とダンナが言ってくれた。
     そして、改めて手作り作家さんはすごいと思い知らされる。
  
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by morinotomosibi07 | 2008-09-22 13:48  

ほっとする

昨日の夕飯は、欲張って雑穀と一緒に栗を入れたら、なんかくどい感じになってしまって

やっぱり栗ごはんは、シンプルにいかないとね。ほとんど食わずキライのゴーヤを恐る恐る

料理してみたら、これは上手くいった。もうそれだけでいいか、と思ったけど、えーっと

なんか作ったなあ。こうやって思い出せないことが多い。えーっと、あっボイルしたカボチャに

カリカリベーコンのっけたやつと、オクラとトマトのサラダも作ったか。あと洋ナシもつけた。
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今日は、四女レイのブラスバンド部のソロコンサートに招かれて行ってきた。

その前に、エリ、ユリ氏、ミーコと買い物やら、図書館に行って、気付けば時間が迫っていて

慌てて駆けつけると、レイの出番寸前。お友達も何人か来てくれてた。

大きなチューバという楽器を大変そうだけど、にこやかに抱えて登場したレイ。

近くで見るとほんとでかい。そしてレイもでかい。演奏前の挨拶。「曲は戦場のメリークリスマス

です。映画もそうだけど、メッセージ性の強い曲です。人間が犯した過ちのおろかさを少しでも

感じていただけたらうれしいです」 (おや?映画見たことあるのか?)と思ったけど、

戦争の恐ろしさ、おろかさを感じながら言ってるんだろうなと思い、うれしくなった。

「では聞いてください」と深々と丁寧におじぎするのを見て(おや?人に頭とか下げられるんや)

とびっくりしたけど、これも部活動のおかげかなと思った。

帰ってから、図書館でかりてきた「根本きこ」さんの「きこごよみ」という本を読んだ。素朴だけ

ど、どこか洗練されたようにも感じる暮らしぶりは、見習いたい点がいっぱい。でもよくよく考えて

みると私のかすかな記憶のなかにある風景と似ている。四季折々、行事ごとの食べ物は

私の育った家庭の食卓にも並んでいた。七草粥の七草はどこで調達していたんだろう。

今のようにスーパーでパック詰めが売られていたはずもなし。おおきな「ぼたもち」が

時々たくさん並んでいたあの日は、お彼岸だったんだ。端午の節句にもお月見の日にも

お団子が並んでた。あの薄暗い古ぼけたようなあの台所には、今の我が家のキッチンには

ないものがたくさんたくさんあったんだ。昨日おおがかりな模様替えをしたキッチンの

今日は細々としたところを変えてみた。なにはともあれ、料理のしやすいように。

どーんと「ぼたもち」をたくさん作れるように。そしてなにはともあれ、いつもすぐ焦がしてしまう

鍋つかみを作ってみた。味気ない台フキがつまらなくて、小さめの台フキを作ってみた。

縫い目もなにもメチャクチャだけど、自分のキッチンにはお似合いかなと思う。

そしたら、とってもほっとした。なんだかやっと自分のうちになったような気がした。

「帰ってきてほっとするのがいい家だろうな。自分がほっとするのが一番いいってことだ」

って、ダンナが言った。

当たり前のことのように思ってきたけど、だれの真似でもない、自分の好きな自分の一番

ほっとするそんな暮らしぶりが幸せ。これから先どんな風に生活が変わっていくかは

わからないけど、小さなキッチンと食卓と眠る場所があれば、そこから自分で作り出して

いけそうな気がする。ほっとする暮らし方を。ほっとする人といっしょに。

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  向こう側にあるのは、スイート栗とでもいうのか。栗のゆであがるのを待ちきれずに
  早めにザルにあげたら、まだ煮えてなくて、そこで、全部実をほじくりだして作ってみた。
  めんどくさかったけど、おいしかった。
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by morinotomosibi07 | 2008-09-20 20:35 | 自分のこと