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福岡の旅

急遽思い立って、ダンナと2人で福岡へ一泊の旅へ。

まずは「うきは市」へ。職場の若い女の子に「CJO見ました~?」と聞かれ、

「も、も、もちろん!!」 「うきは市いい感じですよね~オレンジページでも特集されて

ましたよ~」 「…あっ、そこね(見てないし)」

私が見たのは三女ユリ氏がかの大学の学園祭で取材されて、それが掲載されてた

ページだ。なんか若干気合が中途半端な感じで写ってた。それをコンビニでチラッと

見ただけだ。「なんかいい感じのお店がいっぱいありそう!!行ってみたいですよねえ」

なあんて言うもんだから、前から博多に会いたい人がいるので、いつか会いに行こう!

ってダンナと言ってたのを思い出し、それとなくダンナに今週はどうなの?とアピール。

すると、「じゃ明日行くか」ってことで金曜から出かけたわけで。

そして、「博多に行くまでにどっか寄りたいところはあるのかな」と聞かれ、

すかさず「うきは市!!!」  

いやあ、いい所でびっくり。とにかく昔の町並みがしっかり保存されてて、タイムスリップ

した気分。あまりゆっくりできなかったので、今度はここをメインに訪れたい。

博多に着いたものの、お目当ての人は体調を崩してて、

電話で話すのも咳き込みがひどく、お互い泣く泣く再会を諦めた。

目的を失って、ポッカリ空いた時間を2人でどうするか。これが思わぬ結果に。

夕飯はロシア料理のツンドラというお店へ。久々にちょっと贅沢しながら、子供達の

顔が浮かんでは消える。もっとがんばって、今度はみんなで来よう、とダンナと誓う。

前菜のザクースカという料理が運ばれてくる。スモークサーモンやハムや野菜の酢漬け

などが大きなお皿に二人前づつ盛られている。二人で分け合って食べる。

熱々のピロシキをナプキンでくるんで、頬張る。ボルシチも優しい味。牛肉の串焼きに

シチューのつぼ焼き。「二人でがんばったご褒美やな」とダンナが微笑む。

料理の温かさといっしょにその言葉が心に沁みた。それはまるで、二人で狩りをして

命がけで食べ物を調達し、それを平等に分け合って食べているという感じ。

そして、明日も生きていこうという、

仲間というか、家族というか、そんな本来的な結びつきのような感覚を感じながら

周りからみればきっとガツガツ食べているように見えなくもない格好で、すくなくとも

私は料理をたいらげた。若い頃は、それこそ周りが何もみえなくなるほど、目の前の

人だけを見つめて食事していたのだろうけど、今こうやって、ダンナと二人して

生きていくために必死で食べ物を口に運ぶってのも、悪くない、いや私達、動物的に

立派にツガイなんだと思うと嬉しくなってきた。「お前そんなこと考えてんの?」って

ダンナは驚くだろうけど。狩りは今まで全部ダンナにだけまかせてきて、いつだって

安全なところから、「あら、おいしいわ」と最初の頃ははにかみながら、そのうち

「もうちっとましなもんはないのか」と文句タラタラ横着こいてきたのはこの私。

罪悪感とやらで、その罪を覆い隠そうと、ドギマギしながら獲物を頂戴していたのは

この私。だから、「さっ食べようか」と言われて、今初めてまっすぐダンナだけを見つめて

ガッツポーズで「うん」と言えることの誇らしさに気がついたのは、力不足のこの私を

ツガイとして選んで信じて支えてきてくれたダンナのお陰。そして、今回のこの旅行、

そして会いたかった人がいたお陰かな。

これからもカッコ悪くても、年老いても、ツガイとして立派に二人で生きていこう。

動物として恥ずかしくないように生きていこう。がむしゃらに、生き抜いていこう。

私を私として生きていこう。今、ちょっとだけ自分が好きになりそうだ。

って言ってしまう自分がやっぱりまだまだ情けなくもあるけど。
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by morinotomosibi07 | 2008-11-29 22:51 | 自分のこと  

あなたの型は?

ガチで寒いっす!!いやあ、ここ山の上は半端ないって。

ホットカーッペットやこたつはとっくに出して、ついにストーブも出した。さあ、この先どうする?

ストーブが入ると、匂いや部屋の雰囲気が一気に冬モード。悪くはないけど、年々寒さは

身にしみるなあ。

クリスマスのお楽しみの前に、子どもたちは期末試験が待ち受けていて、それぞれの部屋から

勉強道具を持って、リビングのこたつに集合。昨日は講義がなかったエリさんが、一日中

こたつで勉学に励んでいた。エリさんの集中力はたいしたもので、昔から試験前は猛然と

勉強していた。粘りの長期集中型か。一方ユリ氏は、前回の汚名を挽回すべく、数学に力を入

れてはいるけど、一問解いては、「はあ~」と気の抜けた声を出し、エリさんに叱られては、

「よっしゃあ!!」とまた問題に取り組む。「私な、今度テスト悪かったら、自分の夢はは捨てる

ことにする。そんで、勉強に集中することにする。それくらいの勢いでがんばる!」と言うもの

の、問題の途中で早くも「はあ~」と溜め息をつく。気合いばかりが先走る気合先行型か。

レイは、部活に忙しく、帰ってからもとかくいろんな話題をふりまき、その合間にささっと

宿題や試験勉強をすませ、10時前にはフトンに入る。驚きの短期集中型か。

末っ子ミーコもいっちょ前に「チッ、明日は仕上げテストやし」と不満げ。

「勉強したの?」と聞くと、「当たり前やし」 そつのない、準備万端型か。

私はといえば、苦手な家計簿づけに精を出すものの、計画性のなさを如実に示す数字が並び、

まだまだ修行が足りぬ、と猛反省。いつまでたっても能天気な喉元過ぎれば型か。

今夜もそれぞれの型で勉強に励むはず。結果はさておき。
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by morinotomosibi07 | 2008-11-21 18:02 | 自分のこと  

力をあわせて

この季節、小学校では、バザーをするところが多いようだ。私も昨日、仕事の合間に

少しだけどお手伝いに行った。私の仕事はカレー用にご飯を180グラムづつ測って

お皿に入れること。同じ係りの人が連れてきていた幼稚園の女の子がジーッと

その様子を眺めていた。その目があまりにやる気に満ちていたので、「180グラムわかる?」

と聞くと、「うん、わかる!!」 「じゃ、見てくれる?ついでに測ったのをお皿にポンっと

いれてくれる?」 「わかった~」

私がお椀によそったのを秤に置き、「どう?」と聞くと「あーピッタシ~!!」とか

「うう~ん、もうちょっと」とか的確に答えてくれる。その合間に測ったご飯をお皿にポン。

「すごいね~。助かるわ~」と言うと、ニコっと笑って頷く。

ピッタシ~っと言ってもらいたくて、(これはどうかな?)とちょっとドキドキしながら

秤に乗せる。単純作業なんだけど、これが思いのほか楽しかったのは、このかわいい

女の子のお陰かな。「あの~こっちに一人まわってもらえませんかあ~」と言われて

後ろ髪ひかれるようにフランクフルトの方へ移動。小さい声で「こっちの方が楽しいん

やけどな…」と女の子とお母さんに言った。

その後、四女レイのブラスのフェスティバルを見に、ビーコンへ。

曲目は「イン・ザ・ムード」と「坂本九メドレー」  「練習たいへ~ん」と言っていたとおり、

アレンジも凝っていて、むずかしそうだ。でも、とっても素晴らしい演奏で感動した。

「見上げてごらん夜の星を」では、隣のダンナが目頭を押さえているように見えた。

小学校のバザーでは、午前中にミーコも合唱部の一員として、大勢の前で歌を

歌ったらしい。みんなで力をあわせて何かをするっていうのは、とてもいい経験になる。

そこから多くの事を学ぶだろう。舞台にあがる我が子の姿を私は一生忘れないように

心に刻んで、折にふれ思い出そう。子どもたちは、仲間と泣いたり笑ったりしながら

ひとつのことに向かった日々があったことをいつまでも忘れないでほしい。

毎日毎日心に刻んで、いつまでも忘れないでほしい。
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by morinotomosibi07 | 2008-11-17 08:22 | 世の中のこと  

ミーコ念願の…

早起きが身について、休みの日でも早朝に目が覚めてしまうのが、ちょっと口惜しい。

せっかくだからもう一眠りするか、とフトンを頭からすっぽりかぶるけど、頭は冴えさえ。

こうなりゃ意地でもフトンから出ないぞ、とますますフトンの奥へと忍び込むと、

その気配を察したダンナが「ん?どうした?」 (ははーん、ダンナも目が覚めてるんだな)

「いやちょっと寒くて。風邪かな?」」としおらしく言うと、なんと自分のフトンを上に掛けてくれた。

「ありがと」 それ以上しゃべるとますます頭が冴えてくるので、黙ってフトンから頭を出して

ダンナの方を見ると、毛布にくるまって丸くなってる。(わるいな)と思ったけど、

ここはひとつご好意に甘えて、フトンはこのままで。しかも、ズシっと重いフトンのお陰で

なにやら安心して眠れそう。

久々にゆっくりの朝を過ごして、お昼前にダンナとエリさんとミーコとで、今日はドライブ。

どこに行きたいかミーコに尋ねると、「田舎はもうたくさん。買い物に行きたい」

そういえば臼杵の竹宵やら、タイの学生さんと国東のお寺巡りやら、結構大人な休日

ばかり。ということで、今日はミーコの要望どおり、パークプレイスへ。

と、いきたいところ、まずは佐賀関へドライブ。道の駅で魚やら、たこ焼きやら、

たらふく食べて、関崎の海星館へ。遙か見渡す海はややかすんでたものの、

豊後水道に浮かぶ島々や四国が目の前に。約十年前くらいに行ったときは、もうすぐ

四国とを結ぶ橋ができるのかなと思ったもんだけど、地元のガイドのおじさん曰く、

「橋は当分できんやろう」とのこと。橋ができれば、四国へはスイーっと行ける。

四国へスイーっと行けたら、淡路島を通って神戸へもスイーっと。なんて考えたけど、

この穏やかな景色が一変するのかと思うとやや複雑だな。便利とは何かを失うってことだな。

さあ、どうする。

次に、ミーコがお待ちかねのパークプレイスへ。ミーコが一番行きたいと言う、ペットショップ。

いやあ、どの子もかわいいやね。それを見るミーコも目がウルウルして、かわいいやね。

久しぶりに来てみるここは、すっかりクリスマスモードのうえ、たくさんの人でにぎわい、なん

か久々に都会に来たようだ、とダンナが言う。私は異次元の世界にやってきたようだと

スタバのコーヒーを飲みながら、あたりを眺める。刺激的とはちょっと違う。受け入れがたい

そんな感じ。これも歳のせい?

が、ミーコにとっては、いたく刺激的なのだろう。もちろんそうだ。カラフルな色やかわいい形。

甘いお菓子やジュース。

いろんなものに刺激を感じるのは大事なことだ。でもな、でも。

きれいにディスプレイされたお店はどこも同じよう。

それでもミーコが嬉しそうだから、いいんだ。たまにはこういうことも。

あまりこういう所に来たがらないダンナも今日は楽しそうだ。このところ、仕事のことや

なんかで息抜きができなかったダンナが、今日は余計な力が抜けて、いい感じで

「メンズでも覗こうかな」なんて言ってる。

あるお店のウインドウに飾ってあった、赤いグラスがとってもきれいで、

みんなで「きれいやなあ」と覗き込んだ。

もうすぐクリスマス。どんなふうに過ごそうかと、楽しみだ。みんなきっとそう思っただろうな。

今日は、すごく楽しかった、そう思えてよかった。
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by morinotomosibi07 | 2008-11-15 18:52 | 世の中のこと  

ネバーランド

私は子どもが好きだ。というより、子どもの世界が好きだ。

子どもの時は、早く大人になって、誰にも叱られずに、頼らずに、チョコレートを

いっぱい買って、マンガを一日中読みふけったり、朝まで友達とおしゃべりしたり、

チャイムの音だけを心待ちにしないで、いつでも外に飛び出したり、オドオドしないで、

知らない街を歩いてみたり、大きなお財布をおもむろに取り出してみたり、

そんなこんなをしてみたかった。大人みたいに、自由になりたかった。

「そんなことを言うのはね、責任がとれるようになってからにしなさい」

責任を取らなくてはならなくなって、チョコレートどころじゃなくなった。生半可じゃない大人の

世界。息苦しい大人の世界。わけのわからない大人の世界。

一日にチョコを3粒食べて、新聞読んで、徹夜しても着替えて仕事に出かけ、チャイムは

ならないから外には飛び出せなくて、つまらない街を歩いて、空っぽの財布を抱え、

そんなこんなはもうたくさんだと思う。子どもみたいに、自由になりたい。

雨の日にわざわざ水溜りを選んで歩く。変な石が机の引き出しに入ってる。

クリスマスの事を考えると、うれしすぎてどうにかなってしまう。好きなメニューが夕飯に

出ると、一日がとても充実してしまう。まわりの人が自分のことを好きかどうかがいつも

気になる。学校に行かなくてもいい方法を寝る前に絶えず考える。お姉ちゃんのタンスの

中が気になる。ある日こっそり覗いてしまう。そして、その服を着ている自分を想像して

うっとりする。自分が大人になったら、絶対子どもを叱らない、と誓う。特に何かを

こぼしたりひっくり返したりした時は、「あら、あら」と優しく言ってあげる。

お小遣いもたくさんあげようと思う。子どもの前で夫婦げんかなんて絶対しないと

目の前の親を見ながら思う。うちの家はほんとは大金持ちなんだと思ってる。

ドラえもんに会いたい。なぜかケーキ屋さんになりたい。大人の話はある程度理解できる

と思っている。お父さんとお母さんのどっちが好き?と聞かれても、まあ色々ある。

掃除をする意味がわからない。


大人から見れば自分本位でわがままで本能むきだしのそんな子どもたちだけど、

自由で純粋で、パワフルで危険で、優しくて鋭くて、正義で、間違いだらけの

子どもの世界が私は大好きだ。大好きだ。

「子どもは大人になるために生きているのではない。その日その日を子どもとして生きている」

と誰かが言っていた。

大人の世界では言えなくなってしまったこと、できなくなってしまったこと、失くしてしまった

こと。それらを絶えず突きつけてくる子どもたち。「どうなの?どうなの?」と質問してくる

子どもたち。

その日その日を必死で生きてる子どもたちの世界をぶち壊しにしないように、

そしてそこから子どもたち自身が考えたり、立ち止まったりしながら前に進んでいくのを

見守り、助言し、サポートしていくのが、大人の役割なんだろうか。


どっちの世界がいいかと言うと、う~ん、どっちの世界にも片足づつ入れたいんだけど

それじゃあ、コウモリみたいでずるいかな?
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by morinotomosibi07 | 2008-11-14 11:14 | 世の中のこと  

宇宙に浮かぶ親子

やたらと本を読みたくなり、図書館通いも楽しいこの頃。ついに私にも訪れたのか、

読書の秋。小説や仕事関係のものに加えて、なぜかしら混じっているのが、宇宙に関する

本。相対性理論や量子力学なんかが優しく説明されていて…なんていうのに惹かれ、

借りてきて読んでは、広大な宇宙を覗き込む。なかには、「眠れなくなる宇宙のはなし」っての

があって、(秋の夜長にピッタリ)と思って読み始めたら、ものの5分で眠ってしまった、

なんてのもあったけど。

もちろん、いくら優しく説明されたって、相対性理論は難しいんだけど、宇宙に想いを

馳せると、空を仰ぎみるように、自然と頭が持ち上がり、(クヨクヨしても仕方ないか)と

クヨクヨっていうかわいらしい事はしてないんだけど、やたら前向きになれる。

一体宇宙ってのは、どうなってんるんだと、頭の中の10%ぐらいの部分が

???に包まれるという状況のなか、(残りの部分もほとんどが???だけど)

ミーコとお風呂に入っていたときのこと。折りしもミーコは「この☆(星)のゆくえ」と

いう歌を熱唱していた。私も湯船に浸かりながら一緒に歌った。

歌い終わって、ミーコに「あなたの考える宇宙てのはどんなんかえ?」と聞いた。

「えーっとね、太陽があって、月があって、土星もあって」  「ふ~ん。それは宇宙の

真ん中にあるわけ?」 「そう」 

宇宙の真ん中に太陽系の星があるとは思ってなかったけど、私は銀河系の真ん中に

太陽があり、地球を含めた星があると思っていた。そうだな、長女リサに宇宙の図鑑を

買ってあげた20年前までは。その図鑑を見て、銀河系というのはたくさんの星の集まりで

わが太陽系はその端っこにあるではないか。この銀河系のなかに、太陽のような恒星が

100億個もあろうとは。そして、この銀河というのは他にもあって、銀河がたくさん集まった

のが、銀河群、さらに銀河群が集まったのが銀河団。それがまたさらに集まったのが

超銀河団。なんと果てしない。と思ったもんだ。

さらに、宇宙は今も膨張し続けているとか、いないとか。いつかは収縮するとかしないとか。

はたまた膨張と収縮を繰り返すとかしないとか。はたまた、宇宙は楕円形ではなく、

薄いリボンのようにヒラヒラした膜状のものだとか、いやちがうとか。

宇宙に関する研究がどんどん進んでいるらしいってことまでは今のところ理解できる。

そんなことをミーコに訥々と語っていると、ふと、(浮かんでる…)という感覚に襲われた。

私達は浮かんでるのか。まさに湯船に浮かぶように、広い宇宙のなかでこの星は

浮かんでる。私とミーコは宇宙に浮かんでる。と思ったら、やたら嬉しくなった。

どこかの星でこんなふうに親子で湯船に浮かんでる人たちがいるのかと思うと、

なんか嬉しくなった。そんなふうに思わなくても、きっと隣の家でもその隣の家でも

だれかが湯船に浮かんでるんだろうけど、宇宙規模で浮かんでると思うと、不思議と

身も心も軽くなって、叫びたくなった。



「宇宙に生まれてよかった~」
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by morinotomosibi07 | 2008-11-13 21:00 | 世の中のこと  

みんな、ありがとう

今年も残すところあと二ヶ月。子供がらみの行事やあちこちのイベントやタイからの留学生さん

のホームステイやらでなにかと忙しく、早くも師走への助走といったところか。

天気のほうも落ち着かず、めっきり秋っぽくなったかと思いきや、ポカポカ陽気だったりで

動物として生きるための適応能力が確実に低下しているこの身には、それはけっこう

大変なことなのだ。人生50年と昔の人が言ったのはウソじゃないな。命の終焉に向かって

体は適応していってる、そう考える方がピッタリくる、そんな歳なのか。

んなわけで、気分の浮き沈みも激しく、夕方になるとなぜか悲しくなる。

それは生きる気力というか、意味というか、そこいらまで考えが及び、答えがみつからず

野菜を刻みながら、泣きたくなる。ていうか、泣いてる。

「今日はなにかな?」と覗きにやってきたダンナがそれを見てビックリしてうろたえる。

「なっなっなにがあった?」 「…」 「だまってちゃわからんだろ。言ってみな」

「…」 「いや、だから、言ってくれよ。オレ?オレがなんかした?」 「…」

(なにやってんだか。わたし…)と、もうひとりの自分が呆れて薄ら笑う。

(ええい!クソーっ!!言ってやろうか)と、泣いてる私が笑ってる私に言う。

ていうか、ダンナにぶちまけてる。「あのね、今日はね、アレをしてコレをして、それから

こんなこともあって…。ああだこうだ…」

(あースッキリした!!あっ笑ったな。私の心の叫びを笑いものにしたな)という目で

ダンナを睨みつける。

「よし、わかった。あとでみんなで話し合おう。とにかく風呂入れ。なっ」

で、風呂入って、またしこたま泣いてやった。風呂から上がると、食卓からにぎやかな

笑い声。おーおー、みんなして私を笑いものにするがいい。と、被害妄想もはなはだしい。

「ささっ、食おう、食おう!今夜はおでんときたか。いいやねえ。おでんは」

「いただきまあす!!」 「でな、あとでみんなで話しあおうってことになったんだ。

おかあさん、言いたい事は後で聞くから、とりあえず食べよう。おっ大根がいいか?

卵はどうだ?」とダンナが珍しくせっせと私のお皿にとりわけてくれる。

(とてもじゃないが、食べようって気になるもんか)とチビチビと大根を口に運ぶ。

と、また涙がポロポロ。みんなはやや固まり気味。「ハハハー」と意味のない高笑いを

するダンナ。もうひとりの私が泣いてる私に(ぶりっこしてんじゃねえぞ!ばばあ!)

と叫ぶ。(こうなりゃもっと泣いてやる!)とますますあふれ出す涙。大根がノドに詰まる。

「さて、もういいかな。じゃ、話し合いに入るかな」

ということで、話し合いの結果は、いろんな理由で私が行き詰ってしまった、ということで、家事

やなんかをみんなでもっと協力的にやろうじゃないか、と。

各自の部屋は責任持って掃除なり整理なりするということはもちろんのこと、共有部分

のことも人まかせにしないで、自分達で片付けるってこと。

当たり前だけど、できないんだな、これが。そして、フトンも曜日を決めて、自分達で干す。

洗濯は基本的に朝はゆっくりのエリさんが干す。

そして、料理はなんと、自分達で全部作りたいという要望で、私が仕事が休みの日以外は

作ってくれるらしいのだ。ちなみに、月曜はユリ氏。火曜はエリさん。水、木はレイ。

日曜はダンナとミーコ。さっそく昨日はレイがハンバーグに粉フキいもに、けんちん汁を

見事に作ってくれて、私は仕事から帰るなり、まずはお風呂に入り、そのあとは食卓に

用意された夕飯にありついたというわけで。

この話しあいの中で、子供達の成長と優しさを目の当たりにし、自分の

未熟さと醜さが際立ったことに、このうえない恥ずかしさを感じた。

それ以降、私の体を覆っていた鉛のように重たいいろんな重圧が、なくなりはしないけど、

かなり軽くなり、何をしていてもフワフワとしていて、心地いい。

そして、ありのままの自分と初めて向かい合うようで、気恥ずかしさと

ありがたさで、胸がいっぱいになる。みんな、ありがとう。助けられたよ。ありがとう。

人に依存したいくせに素直に表現できない私。人を信じて全てをゆだねられない私。

いろんな自分が前よりもはっきりと見えてきて、それを素直にそうだ、と認めることが

できつつあるのも、みんなのおかげ。なんとお礼を言えばいいことやら。

とにかく、ありがとう。
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by morinotomosibi07 | 2008-11-13 14:51 | 自分のこと  

アメリカン・ドリーム

テレビの中の「サマンサ」の家の大きな大きな冷蔵庫やフカフカのベッドや

「ポパイ」の中に出てくる大きなハンバーガーに、胸をときめかせた幼い頃。

ちっともおいしいとは思わなかったけど、かっこつけて飲んだコカ・コーラ。

それらしく発音を真似て歌ったカーペンターズ。体中を突き動かす強烈なリズムの

ソウルミュージック。欲しいものはなんでも持っていたこの国を憧れと畏敬の念で

見つめていた。アメリカ。

いまやそれらのものが当たり前に日本にもあふれ、アメリカは遠いものではなくなった。

むしろアメリカが近くなったと感じるのは、強いものだけがのしあがる日本もそういう国だから?

「この国を変えてみせます」と叫んだオバマ次期大統領。

まさか、黒人の大統領が誕生するなどと結果が出るまで本当に信じる人が何人いただろう。

夢や希望を持ち続けることが自分自身やたくさんの人のためになるということを

身をもって示してくれた今回の選挙。これこそがアメリカンドリームなのだろうか。

繁栄の裏にたくさんの犠牲と悲劇を人々に強いてきたこの国が、どんなふうに変わるのか、

もはや憧れだけではすまされないこの国の影響力を考えると、オバマ氏の信念を

ゆるぎないものと信じたい。

そして、なんでも真似してきた日本だから、この国にもそんな人が早く現れないものかと

期待する。

単なるおぼっちゃまじゃない人を。
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by morinotomosibi07 | 2008-11-06 13:50 | 世の中のこと