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さよなら、ター坊

ター坊が死んじゃった。57歳だったんだって。

元祖ジャニーズ系のアイドル、今のSMAPどころの人気じゃない、

一世を風靡した、その名も「フォーリーブス」

そのメンバーだったター坊。


4人のメンバーの中では私は、公ちゃんが好きだった。他の3人は明るくて、

よくしゃべって、まさに「アイドル」って感じだったんだけど、公ちゃんは寡黙で、照れ屋で

歌とかもあんまりうまくないんだけど、踊りはピカいちだった。

もともとそういうのがタイプなのか、たとえば「タイガース」のなかでは、

トッポが好きだった。それから、新御三家のなかでは、野口五郎。

要するに、ちょっと暗い感じの人が好きってことかな。

ター坊は、さわやかで、歌がうまくて、もちろん踊りも正統派。きっちり綺麗に踊る。

その頃中学生だった私は、ター坊を見るたびに、「こんな先生が体育の先生だったら

いいのになあ」と溜め息をついたもんだ。

そして、体育の時間に、先生の目を盗んでは、友達と彼らのマネをして踊ったもんだ。

~僕から逃げようったってダメさ。逃げれば逃げるほど僕に近付くってわけ。

だって、地球は丸いんだもん~♪地球はひ~とつ~みんなのち~きゅう~♪

だったっけ?友達と歌って踊って盛りあがったもんだ。

~♪ノンノンノノンノ~ノンノンノンノノ~♪  そこしか思い出さないんだけど、

その歌のその部分のステップがかっこよくて、友達とああでもない、こうでもない、

とマネして踊ったなあ。こわいこわい体育の女の先生に「そこの4人~!!

その妙な動きはなんだ~」とよく叱られたなあ。


はるか数十年前の私の青春の始まる頃の出来事。昨日の出来事や携帯や鍵の

置き場所はすぐ忘れてしまうくせに、あの頃のことは、あれやこれや鮮明に

思い出すことができる。昭和のあの時代。

平成ももう21年生きてきたわけだけど、これからも平成を生きていくんだろうけど、

やっぱ私は昭和の人間なんだ。フォーリーブスや新御三家が毎日テレビで歌ってた

あの時代が私の時代。毎日ワクワクしていたあの時代。

それがター坊が死んじゃって、フォーリーブスから一人いなくなっちゃって、

と思うと、思い出のなかのター坊も消えてしまったみたいで、

3人じゃダメだ!と慌てて首を横に振る。私の時代には、ター坊がちゃんといたのに。


まるであの頃が今も続いているような気持ちで、ター坊のことを思った。

ター坊、私の青春時代にあなたに会えて、ほんとによかった。

公ちゃんのことが好きだったけど、あなたは私には手の届かない憧れの人だった。

ター坊、あなたはステキだった。ありがとう。ター坊。そして安らかにお眠りください。

ター坊のこと、ずっとずっと忘れないよ。
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by morinotomosibi07 | 2009-01-30 10:37 | 自分のこと  

ユリ氏の珍道中

我が家の三女ユリ氏もこのところ忙しい。

先日、あるオーディションのため、単身花のお江戸に乗り込んだ。

体はデカイのだが、なんせ精神年齢がそれに追いついていかないユリ氏には

なにもかもが大チャレンジだ。

出発の日が少しづつ迫ってきたある日、「おかあさん、そろそろ荷物まとめた方が

いいかな?」 「まだ早かろう。あと一週間もあるし」 「そやな」

そして、前日、「おかあさん、そろそろ荷物…」  「って、あんたまだ用意してないのぉぉー」


福岡空港からの格安の切符がとれたはいいが、

「おかあさん、福岡空港って国際線と国内線あるやろ?どっちに行けばいいんかな?」 

「あんた、どこに行くつもりかい。国内線に決まってるやろ!!」

「わかってるって。冗談やん、ジョーダン!!」

うそつけ!その不安そうな顔はマジやったやろ。


東京に住む長女リサのところに滞在することになっていたのだが、羽田から

リサと待ち合わせたJR品川駅までは、一人で行かなければならない。

電話で何度も行き方を説明されたユリ氏は、顔をひきつらせながらも

「まっなんとかなるやろ。」

私はその日、心配なので、福岡に着いたころ、羽田についたころ、とユリ氏に

いちいち電話してみた。ふむ、ふむ、順調に行ってるようだな。

さて、そろそろリサと落ち合ったかな、と思われる時間にリサに電話してみた。

「もうユリ氏と会えたかな?」 「それがな、おかあさん。品川駅で会えたんや。

ユリ氏がボーっと立ってたわ。そんでな、今度山の手線のホームで私の友達と

待ち合わせててな、その友達が向こうの方から走ってくるのが見えたから、

丁度入ってきた電車に、(これに乗って、乗って!)って手で合図したんや。

友達もそれにうまく乗れたから、ほっとして横みたらな…あんな…

ユリ氏が乗ってないんや…」  「ええええー」 「まさかの展開やわ。(次の電車に

乗れ!!)って今メールしたとこ。乗ってるかなあ」 「ええええー」

「あー電車きたー!!あーユリ氏乗ってるー」  

と、こんな具合だ。大丈夫なのか?


その夜、ユリ氏に東京の感想を聞いてみた。「どうよ。都会は」

「あんな、おかあさん。東京はなんでも高いなあ。だって、ナスビが一本198円で!

198円!」  「他に感想はないんかい?」 「あんなあ、カブも高い!」

「へっ?カブ?」 「そうカブ。大根みたいやけど、ちょっと短い、ほら、あれあれ」

「野菜のカブぐらいわかっとるわい!むしろ、株価がどうのとか、そっちの方かと

思うやろ。もっと他に感想はないんかって聞いとるんじゃ!!」

と、こんな調子だ。


次の日のオーディションは、恵比寿であったらしい。リサは仕事なので、一緒に行って

あげられないからと、前日にユリ氏を会場まで実際に連れて行ったりしたのだが

あまりに心配なので、仕事の時間をずらしてもらって、結局ついてく事にしたらしい。

リサの友達曰く、それがますますユリ氏の成長をジャマしているのでは、ということだ。

今回は二次審査なので、ウォーキングと面接があった。ウォーキングの方は、ユリ氏

によると、自信があるらしい。問題はトークらしい。テンぱると自分でも何を言ってるのか

わからなくなるらしい。普段でも噛み噛みのトークだけに、これは厄介だ。

審査員の人に「特技は?」と聞かれ、とっさに、「中国語です!!」と言ってしまったらしい。

中国語って、あんた、高校で第二外国語の選択が中国語ってだけで、しかもちらっとしか

習ってないんやないかい?「おかあさん、中国語で私の名前なあ、シーチャン・ユーリー

って発音するんでえ。すごいやろ」っていつも言ってるけど、まさかそれを言ったんじゃ…

「シーチャン・ユーリーって言ったらな、みんな爆笑やったあ。ハハハ」

弾けもしないけど、「ギターです」とか、あんたが好きな「絵を描くことです」とか

一応家庭科部なんだから「料理です」とか、他にあったやろ。

そんなこんなだったが、無事オーディションに合格して、来月の8日に行われる

あるファッションショーにモデルとして参加することにあいなった。

意気揚々と帰ってきたユリ氏は、さすがにかなりお疲れモードだったが、

「いい経験やったね」と言うと、満足そうに「うん」と頷いた。

そして、なぜかしら、お土産は博多名物「博多通りもん」だった。

東京へ行ったんだから、そこはそれ、人形焼とか東京バナナとか、いろいろあろうに。

次回の珍道中が楽しみだ。
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by morinotomosibi07 | 2009-01-29 14:04 | 三女ユリのこと  

レイとミーコ

我が家の子供達は、この寒さにもめげず、元気に活動中だ。

なにやらみんな忙しそうだ。

「おかあさん、これ見て…」と右手の小指を痛そうに見せにきたのは、末っ子ミーコだ。

私は心臓が止まりそうなくらいドキドキしながら、なるべく平静を装って

「どしたん?」  

「突き指かなあ…」  曲げるとズキっとするらしい。少し腫れもある。

「だから、やめときなさいって言ったやろ」 ミーコをこんな目にあわせたボールが

もし目の前にあったら、私はきっとそれをギタギタにしただろう。


先日末っ子ミーコが突然バレー部に入りたい、と言い出した。

親友のしーちゃんから、しつこく誘われていたせいもある。体験入部に行って二日目、

ちょっと強いボールをトスしようとして、しくじったらしい。

一日目の夕方、と言っても練習の終わる午後7時ごろ小学校の体育館にミーコを

迎えに行った。その日は男子バレー部との合同練習だった。

ミーコの通う小学校の男子バレー部は、全国大会出場の常連チームだ。

その練習は半端ない。真ん中のコートに男女が別れて入り、試合みたいなことを

していた。その迫力たるや、私は思わず息を飲んだ。(早くミーコ連れてかえろっと)

体育館の入り口近くでは、監督が低学年にレシーブの特訓中だった。

この監督はさすが常勝チームの監督だけあって、その厳しさは有名だ。

こそこそとその横を通り抜け、ミーコのいる奥の方へと行こうとしたら、

「あ~ミーコのおかあさん!今日はどうしました?」

バッチリ見つかってしまった。「い、いやあ、ミーコが体験入部でお世話になってるんで」

「そうですか。いいところで会った。おかあさんにお願いがあってですね…」

素に戻った監督は、ちょっと厳しいところもあるけど、おおらかな性格で、笑うと

ペコちゃんに似ている、普通の女の先生だ。レイが6年生の時の担任だった。

聞けば、レイの卒業式の時のビデオを撮ってたら、見せてほしい、とのこと。

あの時歌った歌がとても良かったので、今度卒業式でぜひとも歌わせたいと言う

先生がいるのだとか。

そんな話をしながらも、先生は生徒相手にバンバンボールをうちまくり、

「こら~ちゃんと獲れ~」と怒鳴りまくる。

「ああ、あれ良かったですよね~私は撮ってないんですけど、メイママに聞いてみますね」

と言った途端、あの時の状況が蘇って、ちょっとウルってきた。

この体育館のあの舞台で、今ミーコがなぜかしら小さい子とボールで戯れている

あの舞台で、レイたちは、卒業式にあの歌を歌ったんだ。

歌い終わったレイたちは、ひな壇の一番上から、横一列に手をつないで、一段一段、

ピョン、ピョンと降りてきた。さっきまで、涙を流しながら歌を歌っていたのに、

今はスッキリした顔をして、みんなでニコニコ笑いながら、ちょっと胸を張って、

一段一段降りてきた。

一番下の最後の段をそれまでよりもピョンと高く飛び降りて

体育館の真ん中の通路を今度は縦に並んでこちらに向かって歩いてきた。

その最後のピョンで下に降りたあの瞬間、私は心のなかで、

(終わったか)と思った。レイたちのこの時代が今終わった。

元気いっぱいの子供達は、先生が大きな気持ちで受け止めてくれたおかげで

毎日毎日楽しそうだった。調子にのりやすい子供達をある時は必死でブレーキを

かけて、先生は見事に調教してくれた。そう、言葉は悪いけど、調教。

いつもいつも「いやあ、いい!この子たちはいい!」と言ってくれた。

レイたちのそんな時代があの時、ピョンと飛んで着地した瞬間に終わった。

先生、そのレイたちが、今中学で大変なんです。将来に対する不安や友達との意見の

違いや数学の難解さやほのかな恋ごころや、部活の忙しさや、そこへもってきて

ありあまるパワーは全開で、レイたちは毎日毎日すさまじい日々を過ごしています。

全力でぶつかっても、今はすれ違うばかりの中学校の先生との格闘に、毎日グッタリし、

そのうち、あきらめ、それが大人になることなのか、と今そんな時代をレイたちは

歩いています。先生、先生なら、どうやってあの子たちと向き合いますか?

と、先生の横顔見ながら、そう思った。そう聞いてみたかった。

でも、先生、レイは毎日笑っています。時々泣いているみたいだけど。

先生、レイは元気です。と、その一言だけでも言えばよかったかなと思った。


末っ子ミーコは、突き指したところにシップをして、「治ったらまた行くからね」と

懲りてない様子だ。「合唱部はどうするの?」 「う~ん、大丈夫。両方やる」

とりあえず、5年生になってから、もう一度考えよう、ってことで落ち着いた。

スポーツをするのは、子供にとってはいいことだと思うんだけど、親にとっては

これは大変なことで。経済的にも精神的にも。ミーコには悪いんだけど、

ケイさんの時にイヤッっていうほど、経験したもんだから、私としてはどうも気がひける。

ミーコに言ってみたところで、わかってくれるはずもないことだけに、あ~頭がイタイ。

その経験談は、またの機会に。あ~ほんとに頭が痛くなってきた。
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by morinotomosibi07 | 2009-01-27 12:40 | 四女レイのこと  

夢の甲子園へ

今朝フトンのなかでウトウトしながら、(夢か…)と思って、もう一度寝ようとして

(いや夢じゃない!!)とガバっと起き上がった。

夢じゃないんだ。

ケイさんの後輩たちが甲子園に行くんだ。

昨日、ケイさんが通ってた高校の野球部が春の高校野球センバツ大会の21世紀枠に

見事選ばれた。

昨日は、夕方には結果がわかるってんで、朝から気が気じゃなかった。

インターネットでの配信で結果を確認したダンナが、「おお~決まったぞ!!」

さっそくケイさんに電話した。

ケイさんにしては珍しく一回で出た。たいがい私が電話すると、(授業中!!)とか

(電車の中!!)とかのメールが返ってくるのに。

「ケイさん!!決まったよ!!甲子園!!」

「おお~!!マジでえ??すげ~!!やったなあ!!」と素直に喜ぶケイさん。

「あんた、もちろん見に行くよね」

「あ~オレさあ、ギター買ってしまったから、金ねえ~」


昔ケイさんに聞いたことがある。

「あんたもさあ、やっぱ甲子園とか目指してるわけ?行きたいわけ?」

「あたりまえやろ!!」

へ~普通に高校球児なんだ、となんでだか、不思議な気持ちでケイさんを見つめた。

確かにユニフォーム似合ってたけど、それを脱いだら、ちょっとオタクの匂いが

したし、ギター弾いてたら、ロック好きのへなちょこ野郎みたいだったもの。


ほんとはどんな気持ちだろう。

「オレも行きたかった~」 とか 「もう遠い昔のこと」 とか

どんなふうに思ってるんだろう。

いくつもいくつもくぐりぬけたあの苦しい場面が、蘇るのだろうか。

あの場所にもう一度立ちたいと思うのだろうか。

今なら、今のオレならわかる、とクチビル噛み締めるのだろうか。

そして、あのメンバーと甲子園に行きたかった、と思うのだろうか。


コブシを上に突き上げて喜び合う球児たちの顔が、あの時のメンバーと重なり合う。

きっとあの中にいるんだ。あの子たちもいるんだ。ケイさんもいるんだ。

一緒に甲子園に行くんだ。


そうやろ、ケイさん。
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by morinotomosibi07 | 2009-01-24 18:37 | 長男ケイさんのこと  

エリさんの成人式

我が家の次女エリさんも今年成人式を迎え、大人の仲間入り。

お酒解禁!と言いたいところだが、ある理由により、封印は解かれず。

封印てことは、お酒に関して過去に何かあったのか?って疑問には、

(遺伝)ということだけしか、言えないのだが、かわって

わたくしめがやらかしたことを聞いていただければ、(ああ、そういうこと)と納得

いただけるのではないか。

そう、あれはまだ十代のころのあるお正月。友達のヨウコの家に遊びに行ったときのこと。

年末にこっぴどいふられかたをした私は失意のどん底で、ヨウコ相手に新年から延々と

泣き言。それを聞きつけた隣の部屋で宴会中のヨウコのお兄ちゃんとその友達。

「ウエコちゃん。(当時の私のあだ名)こんな時は飲むに限るぞ。さあ、飲め、飲め」

「お兄ちゃん、私達まだ未成年!!」とヨウコが止めるのも聞かず、「じゃあ、一杯だけ…」

「そうだ、そうだ。ウエコちゃん、その調子。元気出せ。なっ男なんてこれから

いくらでも見つかるからな。さっさっもう一杯」

一杯が二杯、二杯が三杯になり、ヨウコが「わたし知~らない」とサジを投げ、

私は「ね、お兄ちゃん、ひどいでしょ。私くやしいいやら、悲しいやら。」と今度は

お兄ちゃんに延々と泣き言。それがそのうち、号泣にかわり、お兄ちゃんは

「やばい。ウエコ泣き上戸や」 そして私はグッタリして倒れこんだ。

それを聞きつけたヨウコのお母さんが下の部屋から上がってきて、

「ちょっと~ウエコちゃんに何したの~えっどうした?ウエコちゃん気持ち悪いって?

ちょっと待ってよ。だれか~バケツかなんか持ってきて~」

「おばちゃん、ごめんなさい。でも私つらくてね、もう死にたい…」

「何言ってるの!そんなことぐらいで。ヨウコなんてね、ヨウコなんて、

お父さんいないのよ。それでもこんなに元気でしょ。だから、しっかりしなさい」

私の上に馬乗りになって、おばちゃんが必死で叫んでいた。

ヨウコは部屋の隅で、私をしろ~い目で睨みつけながら、

「そんなことは関係ない!!」

「ねっウエコちゃん、しっかりしてちょうだい。あのね、これからねおばちゃんたち

お年始の挨拶にいかなくちゃいけないから、悪いんだけど帰ってくれる?」

「はい、わかりました」と言って立ち上がったら、世界がグルグル回ってた。

それでもなんとか家にはたどりついた。途中一回近所のおうちの生垣に

頭から突っ込んだ。頭を引っこ抜いて、家の方を見たら、母が家の前に立っていて

訝しげにこちらを見ていた。家には、ヨウコのお母さんが「ウエコちゃんね、ちょっと具合が

悪くなって…」と連絡を入れてくれていたらしいので、心配して立っていたらしい。

「あんた、大丈夫?ん?なんか酒くさい?」

「そ、そ、そんなことないって」 と幸いにして、親戚の人がたくさんきてお酒を飲んでいる

横を通り抜けて、二階にあがった。「あ~あ~ろくに挨拶もしなくてねえ、すみませんねえ」

と母が親戚の人に謝っていた。

それ以来、私はお酒を飲むと必ず悲しくなり、いつも号泣してしまうのだった。

だから、お酒を封印していた時代があった。それが解かれたのは、長男ケイさんの

少年野球の忘年会。それまでは、お酒を勧められても「私飲めないので…」と

断り続けていた。でも、そうたびたび断るのも悪いと思い、「じゃ一杯だけ」と

口にしたら最後、一杯が二杯、二杯が三杯になり、気づけばカラオケで

大好きな椎名林檎を熱唱していた。そして、(あれ?私笑ってる…)

その後はピンクレディやらキャンディーズやら山本リンダやら歌いまくりの踊りまくり。

どうやら、泣き上戸は卒業したらしいと思った。

今や自他ともに認める単なる陽気な酒飲みだ。

きっと幸せなんだと思う。酒を飲んでクダをまかなくても、私のグチを延々聞いてくれる

人がいつも傍にいるからだと思う。

話が長くなったけど、そういった系の遺伝がどうやらエリさんにあるらしく、ちょっと

心配だけど、いつか治ると思うので、エリさんの封印もいつかは解かれるはず。

それ以外は、エリさんはもう立派に大人で、頭が下がる思いだ。

成人式の日には、私のお古の振袖を「きゃあ、これステキやわあ」と言って、着てくれた。

普段から流行にあまり左右されないエリさんは、普段のおかっぱヘアーに

コサージュをつけただけの髪だったけど、それがどこか不思議な雰囲気の

エリさんらしくてステキだった。とってもステキだった。

そして、普通ならテンション上がりっぱなしになるはずなのに、普段どおりの冷静な

エリさんがやっぱりステキだなと思った。

親としてはなにもしてやれなかったのに、仕事の合間にアタフタとエリさんをあちこちに

送迎する私に「おかあさん、ほんとありがとうね」と言ってくれた。

今のままでも充分ステキだけど、もっともっと自分を磨いて、ステキな女性に

なってほしい。そして、いつか一緒に飲みに行こう!
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by morinotomosibi07 | 2009-01-22 16:05 | 次女エリのこと  

再発見

図書館から借りてきた本のなかに、「都市再生 千フィート今昔」という

写真集がある。千フィート上空から日本の都市の10~30年間の様変わりを

写したものだ。見開きで、昔と今の姿が掲載されていて、見比べることができるように

なっている。

たった、数十年のうちに、都市はどんどん形を変えている。東京なんて、

話に聞いたり、テレビで見たりはするけど、その変わりようは、まるで生き物を

みているようだ。皇居だけが昔の姿そのままで、時代に取り残されている。

林立するオフィスや商業ビルやホテルの高層の建物の間に、息をひそめるように

肩を寄せ合うように立ち並ぶ住宅。ポツポツと点在する緑地。

空の上から見ると、それらはまるで高層ビルのお城を取り囲んで

守っているかのよう。そういう意味では今も昔も変わらないのか。

守るべきは殿様のお城か、人々の暮らしなのか。

もうひとつ感じたことは、それぞれの都市の姿は、空の上から見ても

表情が違う。

破壊と再生を繰り返し、圧倒的な進化を遂げる東京は、そのなかに様々なものを

押し込めるがゆえに、それらの悲鳴が聞こえてきそうなほど、見ていて息がつまる。

このどこかで暮らす、知っている人たちの顔が浮かび、切なくなる。

我が家の長女と長男のことも、今更ながら心配になるものの、なぜか

「負けるなよ!」と叫びたくなる。

懐かしい神戸の街は、震災からすっかり立ち直り、元の姿に変わりつつも、

その傷跡は建物の新しさから皮肉にも蘇る。

同じく高層ビルが立ち並ぶ都会の姿も、後ろに六甲山、前に瀬戸内海をいただくと

その表情が少しやわらいで、ほっとさせてくれる。

やっぱり神戸はいいな、と贔屓目になる。

驚いたのは、新潟が想像以上に大都市だということ。果たして今は亡きあの有名な政治家の

力によるものなのか。

この本、世の中の動きが見えてきて、怖くなるやらびっくりするやらで

おもしろかった。
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by morinotomosibi07 | 2009-01-16 18:44 | 世の中のこと  

今年のテーマ

今ごろになって、ちょこっと2008年を振り返って自分のことを言いあらわすと

「不安定」  これです。

良く言えば新しい部分も見えたりして、なんとかそれを生活のなかや自分の一部として

位置づけようとはしたけれど、長続きせず、放り出す。この繰り返し。

ダンナから言わせれば、私は「反省しない女」らしい。

そうかもしれない。いや、そうに違いない。

なので、今年のテーマは「反省」にすることにしようと思う。


昨年後半ぐらいから、続いているといえるのは、「読書」

知り合いの小春さんの影響から、少しづついろんな本を読み始めたら、

これがやめられなくなってしまい、いまや1日1~2冊の割合で読んでいる。

ただ、小春さんのようにうまく感想を述べられないのだけれど…。

図書館で借りてくる本がほとんどなのだけれど、昨日読んだ本でおもしろかったのが、

群ようこさんの「あたしが帰る家」と「おやじ丼」  「あたしが帰る家」は、時代設定が

私の子供時代にドンピシャなので、まさにツボ。ほんとにツボ。「おやじ丼」は

「いや~いるいる。こんな人~」ってかんじで、読んでてつい顔がにやけてしまうので、

なるべく家に居る時に読みましょう。群ようこさんといえばあの「かもめ食堂」を

書いた人なので、ストライクゾーンの広い作家さんだなあと思った。

重松清さんの「卒業」。このなかの「まゆみのマーチ」。子供の不登校が大きなテーマに

なった一編。色々考えさせられた。私自身もどこかワクに収まらない子供だったので

学校に行くのが苦しかったことがあったし、親になってからは子供の不登校も経験した。

なので、読みながら苦しかった。まゆみちゃんの気持ちを考えると、やりきれなかった。

まゆみちゃんの両親や兄の気持ちもよくわかるので、つらかった。

なんか、声をあげて泣きそうになった。いい本だった。

ね、うまく感想が言えないでしょ。だから、よかったら読んでみてください。


私は子供の頃は、本が大好きで、放課後学校の図書室にいっちゃあ、本を読んでいた。

「アンネの日記」を読んだ時は、足が震えるくらい全身にものすごい衝撃が走ったのを

今でもはっきり覚えている。学校の帰り道、夕方のうす暗い道をガックリと肩を落として

トボトボと帰った。いいようのない恐怖と絶望感で、自分にも未来なんかないんじゃないかと

思えるほどだった。家に帰り着くと、母が例の調子で「また、寄り道したんやな。何回言っても

わからん子やなあ。はよ帰ってきなさい!!」と怒鳴る声が遠くに聞こえた。

題名は忘れたけど、「自分の首から上を他人と取り替える」みたいな妙な本にもはまった。

そんなことありえないけれど、手術で上手い具合に頭だけ変えるのだ。

その本を読んでからというもの、私は友達の顔を見ると、(どの子だったら取り替えても

いいかな…かわいい子がいいな。いや、頭のいいアノコにしよう)などと、

恐ろしいことを考えたものだ。

「ドリトル先生」シリーズも好きだったし、「東海道中膝栗毛」も好きだった。

中学生の頃は、「森村桂」や「落合恵子」のエッセイに夢中になった。

それから今もあるのだろうか、「小説ジュニア」という月刊誌もせっせと買っては

読んでいた。

母に「また本読んでる~目が悪くなるからやめなさいって、いつも言ってるでしょ!!」

と怒鳴られながら、ヒマさえあれば本を読んでいた。確かに目は悪くなったけど、

私だったら、「本を読むのはいいことやねえ。」って褒めてあげるのにな。


今は末っ子ミーコと図書館に行くのが慣習になり、最初は私のまわりをウロウロしていた

ミーコも、子供コーナーに直行して、本を選んでいる。私が自分の借りる本を持って

そこへ行くと、ミーコは机について本を読んでいる。チラっとこちらを見る目がちょっと

誇らしげだ。

さっ、今日もそろそろ図書館に行くとするかな。
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by morinotomosibi07 | 2009-01-10 13:31 | 自分のこと  

子離れ

9ヶ月ぶりに東京から帰省していたわが家の長男ケイさんが、また東京へと戻っていった。

「あいつ後ろも振り向かんで嬉しそうに帰って行ったよ」

珍しくダンナが寂しそうに呟いた。私は生憎仕事で見送れなったけれど、

かえってその方がよかったかもしれない。またあの虚脱感に襲われるよりは。

「ケイ君帰りたくないな、って言ってたよ」

とエリさんが言うのを聞いて、ちょっと胸がザワザワした。


年末に空港で出迎えた時、ダンナが真っ先にケイさんを見つけた。

「えっどれどれ?」 「あれやろ。あの妙な帽子かぶったやつ」

「え~ウソ~あの長髪のあれ?」

後ろで束ねられるくらい伸びた髪と、少しこけた頬のケイさんは、また背が伸びたように

思うくらい、大きく見えた。そして、少しだけ都会の匂いがした。

家の中で、長い手足を思う存分伸ばして、「あ~なんかいいなあ」と

ゴロンと横になるケイさんを、夢をみているような気持ちで眺めた。


何日目かの夜遅く、たまたまケイさんと二人でリビングにいた時、

ケイさんが「なあ、おかん…」と話し始めた。

「なあ、おかん、俺の野球って何やったんやろうって、この頃思うんや。俺、野球から

何を学んだんかなあ」

「だって、アンタずっと頑張ってきたやん。それがあるから、今勉強とバイト頑張れるん

やないの?」

「そんなこと誰でもできることやん。当たり前のことやん。野球してたことと何の関係

がある?」

「そんなこと言っても…」

「俺、ほんとは一生懸命なんかしてなかったんや。もっともっとやれたはずなんや。

自分にも周りにもウソついてたんや。だから結局負けたんや。」

「そうなん?おかあさんには一生懸命やってるように見えたけど」

「違うんや。中途半端で終わったんや。俺がお別れ会のとき、何にも言えんかった

理由わかる?俺には何にも言う資格なかった。何を言っても全部ウソになる」

いつも饒舌なケイさんがあの時は、たった一言

「後悔だけはしないで下さい」 後輩や保護者が見守るなか、それだけ言った。

「え~それだけ?どうしたんか~」という声がどっかから飛んできた。

私には半分だけわかっていた。ちょっとふてくされたような態度と、寂しそうな目が

苦しい胸の内をさらけ出していたように見えた。

でも、あの時は私も聞きたくなかった。「負けた」という言葉を。

ケイさんのことを心配してくれたママ友たちが、「ケイちゃんどうしたの?」と

かわるがわる聞いてくれたとき、「う~ん、あの子のなかでまだ整理がついてないと

思うんや。」とだけしか言えなかった。

「おかん、俺楽しかったよ」って、最後に言ったケイさんの言葉が苦し紛れの言葉

だったとしても、あの時はあれで良かった。その言葉で私も何かに蓋をした。

いつか、ほんとの気持ちが聞けるときが来るだろうと思っていたけど、

こんなに早く聞けるとは、思っていなかった。

二人きりで長い間話し込んで、気がつけば、夜中の3時になっていた。

次の日、ケイさんは野球部の同窓会に出かけて行き、夜遅く帰って来た。

メンバー11人中9人が集まっての同窓会は、みんな当時のまま、友情も変わらぬまま

「俺たち11人はずっとこのままやろうな。」とケイさんはうれしそうだった。

「その仲間ができたっていうのは、野球のおかげやね」と言うと、

「うん、それだけは間違いない」と笑った。

その後、「おかん、俺ちょっと散歩してくる」と言って、夜中一人で出て行った。

その散歩が思いのほか長いので、ダンナが心配して「あいつなんかあったのか?」

と言うので、昨晩ケイさんが言ってたことを話した。

「きっとあそこやわ」  ケイさんが前に言っていた、考え事をする場所。

苦しい事やイライラすることがあった時、気持ちを静める場所。何回となく行ったあの場所。

私にはどことは教えてくれないけど、きっとあの場所にいるのだろう、そう思った。

「人が心配してるのもわからんのかな、あいつは」と、

ダンナが家の中をウロウロし始めた時、ケイさんが帰ってきた。

その夜は、今度はダンナと二人で明け方まで話しこんでいた。

ダンナがケイさんに言ったこと。今までの事を振り返るときっていうのは、

次のことに向かう時。今のケイさんが振り返ってみて、自分のしてきたことが

中途半端だった、と思うなら、次は絶対同じことを繰り返さない事。

それだけで充分。勝ったとか負けたとか、まだ早すぎる。もっと後になって

ほんとに「負けた」というふうにあの時のことを思える日が来る。その時がほんとの

勝負の時。その時は、絶対勝つんだ。だから、今は「負けた」なんか言うな。


少し気持ちの整理がついたのか、それとも少し大人になったのか、ケイさんは

素直にダンナの言葉を受け入れ、そして、次に向かうための決心をしたようだ。

以前あったトゲのような近寄りがたい部分や、妙な理屈で自分を正当化すところも

すっかりなくなり、ダンナいわく

「小さい頃を除いて、初めてあいつのこと、かわいいなあって思えた」

私は、寂しいけれど、やっと子離れできたような気がしている。正確にはケイさん離れか。

他にもまだ子離れしなくちゃいけない子供がたくさん控えているから。
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by morinotomosibi07 | 2009-01-09 10:39 | 長男ケイさんのこと  

A HAPPY NEW YEAR

あけましておめでとうございます。

なんだかんだで、年が明けてしまって、一年を振り返る余裕も

新年の誓いもどこ吹く風、って感じです。

昔は年が変わる瞬間は、それなりに厳かな気分になり、除夜の鐘に耳を澄ませては

行く年、来る年に思いを馳せたりしたもんだ。それが昨日はダウンタウンのガキ使に

ついつい子供達と見入ってしまい、次女エリさんの「ハイ!!おめでとう!!」という

声ではじめて「ええーあけちまったのかあ?」みたいな。

下界に目をやれば、新年を祝う花火があがっていた。と、その時、

けたたましいサイレンの音。  「えっ火事?」

湯煙なんだか、火事の煙なんだか、まっ暗でわからないけれど、煙の上がるあたりに

次々に消防車らしき車が続々と集まりだす様子が家のベランダから見てとれた。

「こわいね…」 「こんな瞬間にいったい何があったんやろ」 「近いぞ」

かわるがわるベランダに出ては煙の方向を見つめる。

「こんな寒空に焼け出された人はどうなるんかな」とダンナがぼそっとつぶやく。

「しかも正月に…」

朝刊には、火事のニュースが多くて、

自分の身に起こっても不思議ではない出来事だけに、少し身がしまった。

どうぞ火の元には注意しましょう。

そして、健康にも留意して、また一年がんばりましょう。

つたないブログですが、今年もよろしくお願いします。
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by morinotomosibi07 | 2009-01-01 17:37 | 世の中のこと