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ドクターK

病院嫌い、薬嫌いの私だけど、この歳になるとそうも言ってられない。

京都では、泣く泣く点滴してもらったり、薬もしこたまもらったり。(ラジバンダリ!…はもう古いか)

帰ってからは、やはり大きな病院で検査でもしてもらおうかな、しかし待ち時間がかかるだけで、

いまいち納得いかないことが多いしなあ、なんて考えていると、そうそう、とりあえず困った時は

あの先生だ!てんで、病院に向かった。

ちょうど当番日でお目当てのKドクターがいつものように、優しい笑顔で「こんにちわ~」と迎えてくれた。

京都でのことや、これまでの状態などあらかた話すと、ドクターは「フンフン」と頷きながら

カルテにサラサラサラサラ記入を始めた。

ここまでは、大体のドクターと同じだ。大概のドクターはもうこのへんで病気の説明をはじめ、

「では薬をおだししましょう」と来る。

Kドクターは違う。もう一度細かくその時の様子を聞き、いろんな質問をしてくる。例えばこんな症状は

なかったか、とか、なにか変わったことはなかったかとか。それが済むと、今度は生活の様子を

チェックする。食事の状態。栄養のバランスの問題。便の問題。睡眠の状態。

そして今度は、何か悩んでいる問題はないか。それを相談できる人はいるのか。一人で抱え込んで

いないか。夫婦関係はどうか。

私が睡眠以外は生活状態は良好だけど、仕事の事で悩むことが多い、言うと、

よければ話せる範囲でいいので、どんなことか聞かせてほしい、とおっしゃる。

なので、話せる範囲で手短に悩んでいる事など話すと、これが不思議なことに

ドンピシャに私の心理状態を分析してくださるのだ。そして、「あなたのされてる事はとても意味のある

素晴らしいお仕事です。でもがんばりすぎないで下さい」と言ってくださって、思わす私は涙ぐんで

しまった。わかってくれる人がいるんだ、と思うだけで、気持ちがどんどん軽くなって、

モヤモヤした頭がスーッとなって目の前が明るくなった気がした。

それをドクターに言うと、にこっと恥ずかしそうに笑って、「それはよかった!」とおっしゃった。

私が薬も検査も苦手だということはよくわかってくださっているので、薬の処方にも

気を使ってくださって、いちいち丁寧に説明してくれる。そうこうするうちに、診察時間は一時間近く

にもなっていた。はっきり言ってこんなんじゃ先生、儲かりませんね、って言いそうになってしまった。

Kドクターの専門は脳外科なんだけど、内科なども充分対応されるし、なにより患者に向かう姿勢が

薬だけに頼る診療ではなく、いっしょに病気のことを考えていきましょう、というものだと思えて、

医者嫌いの私がいまのところ唯一信頼しているドクターである。

「私でよければいつでもお話お聞きしますよ。いつでもいらしてくださいね」と最後も優しく

微笑んでくれて、私は元気いっぱいにアクセル踏んで家路に着いた。
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by morinotomosibi07 | 2009-02-22 15:02 | 自分のこと  

My Brother

京都から無事帰ってきました。

そう…なんとか無事に。実は、京都の旅館で一泊目の明け方、なんと持病のめまいに襲われ、

たまたま旅館の並びにあった病院で応急処置の点滴をしてもらった。

寝不足や疲れやストレスが原因らしく、時々ひどいめまいに襲われる。

そういえば、京都へ出発する前日、荷物の点検やら、留守中の家の食事のことやら、

家族への伝言やらで、大わらわ。明朝の5時30分には家を出なければならないので、

フトンに入ったのものの、頭は冴えさえ。寝返り打つたびに、ダンナを起こしてしまって、

「お前、早く寝ろよ。それともあれか?修学旅行の前日って気分なのか?」と言われる始末。

「そっそっそんなんじゃないし。いろんなことが心配なだけやし」

早起きには慣れてるものの、とうとう一睡もしないまま、朝を迎えてしまい、

出発前からすでに体はクタクタ。

新幹線の中でも一睡もできず、朝10時からまずはお寺見物。

京都へは、それこそ小さい頃から何回となく訪れてはいるものの、「三十三間堂」へ行ったのは

今回が初めて。いやあ、圧巻、圧巻。1001体の金色の千手観音が居並ぶ様には、言葉を失う。

その観音様を守るように前に立ち並ぶ28体の仏像は、いまにも動き出しそうなほど、迫真的かつ写実的だ。

日ごろから私は、右肩の凝りがひどく、いつも重苦しいのだが、一体一体仏像を見つめながら歩いて

いくうちに、なんだか肩がスーッと軽くなり、気持ちが和らいでいくのがわかった。

次に向かったのは、お馴染み「清水寺」。清水の舞台からの眺めは素晴らしかったけれど、

願わくば桜か紅葉の季節だとなお一層息を飲んだだろう。

そこでひいたおみくじは「凶」 これが後から思えばこの旅を暗示していたのだろうか。

その後は、「円山公園」を抜けて、「知恩院」へ。除夜の鐘で有名だが、ここの山門の雄大さは

それこそ言葉では言い尽くせない。長い長い石段を登ってたどりついた本堂で、しばしお経を聞きながら

ひとやすみ。その後は、知恩院のなかにある、児童擁護施設を訪問し、一日の予定を終えた。

そして旅館について、京料理に舌鼓を打ちながら、談笑していると、まあ、なんだな。

お酒がすすむわな。しかも後は、寝るだけとなりゃあ、こっちのもんだ。

気持ちよくお酒も進んだところで、お開きとなり、ささっとひとっ風呂あびて、(今日はぐっすり眠れそうだ!)

とフトンに入った。いつもの早起きのクセか、早朝に目覚めると、アラ、ヤダ。

天井やら、フスマやらがグルグル廻ってる。あまり二日酔いはしない性質なので、たぶん、いつものだ。

あ~あ~こんな時に。みんなが起きるのを待って、具合が悪いのを告げると、「そうとう呑んでましたよね」

「いやいや、そうじゃなくて…たぶんあの、私持病が…」

てなわけで、病院に行ったら、「今日はあまりウロウロしないほうがよろしいなあ」と言われてしまった。

「あのー、やっぱりお酒とかあんまり飲まない方がいいんですか?」とドクターに聞くと、

「いやお酒がダイレクトな原因とは言えませんなあ」 そっか。飲んじゃダメってわけではないんだ、と

胸を撫で下ろしたものの、当分は控えよう。

さて、ウロウロできないって言ったって、旅行中の身。二日目の宿は違う所だし。

と考えて、(そうだ!!)  近くに住む弟に電話して迎えにきてもらった。

心配した弟は大急ぎで駆けつけてくれて、その日は弟の家に泊めてもらうことにした。

次の日も体調が戻らないので、弟に病院に連れて行ってもらい、結局、みんなと合流したのは

帰りの新幹線ということになってしまった。

なんという京都行きになってしまったことかと、わが身がふがいないが、優しい弟や明るくてよく気の付く

お嫁さんや、かわいいかわいい姪っ子たちと会えたことがせめてもの慰めだ。

ありがとう。お世話になりました。
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by morinotomosibi07 | 2009-02-21 15:15 | 自分のこと  

行ってまいります

明日から、京都へ職場の研修旅行に行くことになっている。

二泊三日の予定なので、何を着て行こうか、はたまた二日目、三日目の服は

どれにしようかと、数少ない服を引っ張り出して、コーディネイトしては、

とにかく試着、試着。

今流行のスタイル、ふんわりワンピースに色タイツにロングブーツ。

あわよくば、かわいい帽子もかぶってみたい。首にはストールも巻いてみたいの。

そんな風にあれやこれや組み合わせてみるものの、致命的なことを発見。

そう、ワンピースが似合わない。そして、これも致命的。足が太い。さらに、帽子が似合わない。

ストールすると、なんかくどい。

その理由がわかった。


私…

顔がウザイ。いや、ウザイっていうか、くどい。しつこい。濃い。

子供達からは、風呂上りの田村正和に似てるっていわれる。どういう意味なん?

確かに、田村正和がワンピース着て、ブーツ履いたら、そりゃおかしいわな。

妙に納得。


若い頃は、必死で流行を追って、似合おうが似合うまいが、その時々のスタイルを

マネした。置いていかれそうで怖かったから。

この歳になると、置いていかれようが何しようが、自分に合った服、自分らしい服、これに限る。

私の場合、顔がウザイので、全体的にシャープなイメージに仕上げると、

まあまあ見られる。色は押さえ気味にして、間違っても首元はゴタゴタしないこと。

言わせていただければ、ありきたりなデザインはいやなので、どこか一部変わった部分を

取り入れる。パンツの丈とか、袖のデザインとか。刺し色はほんの少し。

自分が着たい服と、自分が似合う服が一致すると言う事ないのだけれど、

似合わないから我慢して他の服を着る。似合うけど、自分的には気に入らない。

なんか、自分じゃない気がする。これは不幸だ。

だから、自分を客観的に観察して、自分が納得して、服を選べるようになると、

はじめて、服と一体化するんだな。

そうすると、人から見ても、おしゃれさんに見えるんだろうな。

自分と向き合うことが苦手で、逃げてばかりの私には、いい勉強だ。

自分らしく。自分を大切に。そして、人から学ぶ。自分を省みる。大事な事だ。


すったもんだのあげくに、ようやく3パターンの洋服を決めた。三女ユリ氏にも〇を

もらえたので、一安心。

気温のことが気になるけれど、久々の京都。楽しんでこようっと。
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by morinotomosibi07 | 2009-02-15 15:00 | 自分のこと  

スイングガールズ

本日も晴天なり。すっかり春めいてまいりました。かわいい梅の花も咲き始めましたね。

このまま一気に春よ来い、と言いたいところだけど、三寒四温ってやつですか。

明日からはちと寒くなるらしい。


今日は超ネアカ、超ポジティブ人間の我が家の四女レイの中学のブラス部のコンサートが

別府駅にて行われる、ってんで、次女エリ、末っ子ミーコ、それと最近ミーコが

漫才コンビを結成していてその相方であるシーコも誘って、見に行ってきた。

着いたときは、すでに構内は100人近いギャラリーでごった返していた。

やはりレイは緊張する様子もなく、むしろうれしくて仕方なさそうだ。

なんでもレイは、「崖のうえのポニョ」を生演奏をバックに独唱することになっているらしいのだ。

「ほんとに?」 「うん!!」 「ひとりで?」 「そっ!ひとりで」 

こんなに大勢の前で、ほんとに歌うのだろうか、と心配になった。

最初に「イッツ・スモール・ワールド」「一晩中躍り明かそう」と楽しい曲が続いて、

アンジェラ・アキの「手紙」の演奏が始まった。この曲を聴くと、私はどうにも涙腺が弱くなる。

まあ、今日はメロディーだけだろうから大丈夫、泣かない、と思っていたら、なんと

途中から歌い出だしたので、(やばいかも…)  案の定、歌が始まると、とたんにキターッ!!

もう涙はボロボロ、鼻水はズルズル。すかさずシーコが「なんで泣いてるの?」

ツッコミ役のミーコが「いいから、いいから」 あんたたち、いいコンビやん。

この曲は何回聞いても、ほんとにいい歌だ。

「次は最後の曲です」と「シング・シング・シング」の演奏が始まった。

(なんだ。これで終わりか。ってことはレイの歌はないんだな)と安心して、

演奏に聞き入った。これもまた、素晴らしい演奏だった。まるで映画の「スイングガールズ」

さながら、ノリノリの演奏。各パートのソロもバッチリだ。中学生がここまでジャズを

演奏できるとは、おそれいった。

演奏が終わったところで、どこからともなく「アンコール」の声が。

すると、「ではアンコールにお答えして、あと二曲お聞きください」と司会者が言うと、

レイが楽器を置いて、スッと立ち上がり、前に出てきた。

そして、うれしそうにマイクの前に立った。(こいつ歌う気や…)

物凄い声量と大きなフリつきで、それはそれは気持ちよさそうにフルコーラス歌いきった。

次女エリは、姉らしく、しきりに「かわいい。かわいい。」とつぶやいていた。

そして、がんばったご褒美にと、帰りに雑貨やさんによって、レイの喜びそうな

ストラップやら、ヘアゴムやら、たくさん買い込んでいた。

アンコール2曲目は、ブラス部の伝統の曲。「テキーラ」

これも素晴らしかった。

今度は3月に中央公民館にて、市内の中学校の合同演奏会が開かれるので、

ぜひぜひこのかわいいかわいい「スイングガールズ」の演奏を聞いてみてください。
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by morinotomosibi07 | 2009-02-14 23:16 | 四女レイのこと  

子供ってやつは

今日は午前中、県立図書館へ行ってきた。

館内には、社会見学だろうか、小学生の一団が先生に引率されて、ゾロゾロと。

みな顔が紅潮し、目はキラキラ。たくさんの本に心奪われている様子。

私は、日本文学のコーナーで小説を物色しながら、かわいいなあ、とその様子をチラ見。

すると先生が、息をひそめるように小さい声で、「いいですか。人の迷惑にならないように、静か

にすること。絶対に大声でさわがないこと。そんなことしたら、ここにいられなくなります。

いいですか。これを守れない人は、本は借りられません。わかりましたね。」

それはそうなんだけど。確かにそうなんだけど。なんか…悲しい。

子供達の顔色がみるみる曇り、目は悲しげだ。

もっと、ポジティブに語りかけられないものか。

たとえばこんな風に。

「みなさ~ん。みてごらんなさあい。ここにあるのはどれもこれも本だけど、

いろんな本がありますねえ。楽しい物語の本、悲しい物語の本。動物の本。星の本。

乗り物の本。絵の本。なんだってあります。ということは…ここは…宇宙です。

広い広い世界です。みなさんがみたこともない広い広い世界です。

さあ、今日はここで一日いろんな世界を体験してみましょう。ここではひとつだけ

ルールがあります。それは、一人でその世界を覗く、ということです。

本の世界には一人で入っていかなければなりません。そこは自分だけの世界です。

ですから、静かにそ~っと、注意深く、目を凝らして、たくさんのことを見てきて下さい。

そして、後でそこがどんな世界だったか、みんなで話し合いましょう。

わかりましたね~。さあ、レッツゴー!!」


替わって、午後からは、末っ子ミーコの「ふれあい参観」とやらへ行ってきた。

親子でゲームなどしながら、コミュニケーションを図ろうといった内容だ。

子供達は、今から何が始まるのかと興味深々だ。自分のお母さんの姿を必死で探す子も

いる。ミーコは、こういう時真面目に先生の方を見ているので、私が手を振っても

気付いてくれない。

まずは、五人組を作って、フラフープの輪の中に入りながら、サメの攻撃をかわしながら、

安全地帯へいち早く逃げようというゲーム。

先生が事細かに、ルールを説明してくれる。が、興奮気味の子供達は(特に男子)

それがどうにももどかしそうだ。早くも、サメ役のお母さんを挑発したりなんかする。

得意気にフラフープをまわしている子もいる。これがなかなか上手い。

心の中で、私だってフラフープには自信あるぞ、と呟く。

先生は、全員がシ~ンとしないと、説明を開始しない。ちょっとでも話し声が聞こえよう

ものなら、黙りこくってしまう。なので、何回も説明が中断し、なかなか前に進まない。

説明の時間ばかりがやたら長くなる。

とうとう、先生が投げやりになり、「先生はこのルールを知っています。君達が知らないから

説明しているのです。君達がルールを知っているんなら、だれか僕に代わって説明して

下さい。はい、君、僕と代わりますか?」

こう言われちゃあ、子供達は知らないんだから、黙るしかない。

でも、そもそもこのゲームをやろうと言い出したのは誰だ?誰が決めた?

みんなの意見を聞いたのか?極論かもしれないけど、子供に代わってそう言いたくなった。

先生の説明によると、このゲームは、他人とのコミュニケーションや信頼関係や

協力や助け合いの力を育てる、カリキュラムらしい。

遊び方のルールを先生が事細かに説明して、上手くいかないと、上手く

いくように指示して、その上で、子供達が遊ぶ。そして、そこから何かを学び取る。

それがほんとに素晴らしいカりキュラムと言えるか?私には?だ。

遊びを通じて、子供達に何かを学ばせたいというのが目的なら、子供達がよく知っている

遊びでも良かったんじゃないか。なにより、思いっきり体や頭を使って、めちゃくちゃ

遊びまくる、めちゃくちゃ楽しむ。それが一番だろう。私は体がムズムズして仕方なかった。

体育の授業でもなく、クラブチームの練習でもない。今日こうやって、大勢の友達と

思いっきり何かをして遊べる、男子も女子も、お父さんもお母さんも、いっしょになって

遊べるこの時間が、子供達にとって、どれだけかけがいのないものだろう。

この時間がずっとずっと続いてほしいと願いながら、隣で笑う友達の顔を見ながら、

子供達は、みんなと一緒だと楽しいな、みんなが楽しいと自分も楽しいなと、

きっと思うはずだ。だから、楽しそうにしてない子や遊びに入ってない友達の事が

気になるはずだ。そして、きっとだれかが気付いて、仲間に入れようとするはずだ。

だって、この時間が続いてほしいから。みんなといっしょにいたいから。

自分達の力で、いろんなことに気付き、学び取る力が、子供達にはあるはずだ。

その力を信じて、焦らず、急がず、少しづつ成長していく子供達を見守りながら、時々、

昔子供だった大人として、子供の世界に入っていけばいいんじゃないかと思う。


子供って、なんて素敵な生き物だろう。私もかつては、こんなに素敵だったのだろうか。
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by morinotomosibi07 | 2009-02-13 21:21 | 世の中のこと  

春遠からじ

1月から3月というのは、よく言われるとおり、時間のたつのが早く感じますね。

立春も過ぎると、とたんに日が長くなり、どことなく春めいてきて、おそるおそる

体の節々が伸びを始めたと思っていたら…

「バキッ」 土曜日の朝、フトンの中で背伸びして、起き上がろうとして…  

なに?やっちまったなあ~

腰をいためてしまった。以前やったときに比べたら、軽症のものの、前かがみで

そろりそろり歩く姿は、いやはや情けない。長い長い進化の歴史のなかで、

人間は二足歩行を掴み取ったのだろうけど、こういう時のために、あるいは、

気が向いた時には、四足歩行もまたあり、みたいであってもいいんじゃないか。

だって、二足歩行ゆえに、腰やら、頚椎やらを痛めてしまうらしいし、

なにより、人間だけが年がら年中発情期というのも、二足歩行によって、

女性の乳房が丸見えになったからだ、ということを聞いたことがある。

我が家の愛犬チコちゃんの軽快な動きや、本能むき出しの力強い生き方をを見ていると、

果たしてどちらが動物的に優れているのかわからなくなる。

もちろん、チコちゃんのほうが数段立派だろう。


どうしても出かけなければならない用事が出来て、ダンナと次女エリさんと末っ子みーこを

伴って、午後からは大分へ。用事を済ませたあと、前から行きたかったお店へ向かった。

気分はウキウキなんだけど、なんせ腰が痛い。まあ、これくらいのほうがテンションあがり

すぎなくてちょうどいいかも。

かわいいドアを開けると、奥のカウンターに座ってランチ中のご婦人発見。

見た瞬間、胸はドキッ!腰はズキッ!

以前うちのお店にもよくお見えくださったとってもかわいい女性の方だ。間違いない。

と確信したものの、お邪魔になってはいけないと思い、お店の中を見て廻って

帰り間際に思い切って声をかけた。やっぱり、そうだった。

やっぱりかわいかった。落ち着いた物腰と女性らしい装いはあの頃と同じだった。

お店もとってもかわいくて、今度体調のいい時にゆっくり行ってみたい。


長い過酷な冬は、耐えて耐えて、準備して、春になって一斉に力を解き放ち、

また生きていく歴史を刻むために必要な季節。

繰り返し繰り返し行う営みは、それが普遍的であっていいものだけの特権。

私はこの冬の間、何に耐え、何を準備したのだろう。春になってどんな歴史を刻むため?

これで変わらなくていい、これでずっといい、と思えるものをまだ持っていない私は

まだまだ変わり続けなくてはならないのだろう。普遍的なもの。これが一番難しい。

たまに四足歩行してみよう、なんて言ってる私には、それはとうてい難しい。
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by morinotomosibi07 | 2009-02-10 14:14 | 自分のこと  

節分

今日は節分なり。今年の方角は東北東。ってどっち?

恵方巻きとやらを丸々一本、かじりながら、願い事を心の中で唱える、これが

最近は年中行事として、全国的に定着しつつある。

私は関西出身なので、小さい頃は、「恵方巻き」とは知らなんだが、おなじみの行事で、

丸々一本巻き寿司が食べれる日ってんで、結構うれしかったなあ。

こういう時に一切合財を取り仕切るのは、祖父だった。もちろんお寿司も祖父が

準備する。この日だけは、お行儀悪く、お寿司にかぶりついても叱られなかったけど、

子供にとって、太巻き一本を丸々食べきるってのも、つらいもんだ。

途中、食べるスピードが落ちてくると、祖父がチラっと様子見の視線を送ってくるので、

ぜ~んぜん平気!みたいな顔で必死でほおばる。お寿司は大好きなんだけど、

できればいつものように切ってくれ!と心の中で唱える。

それが願い事なのか、とイヤになる。子供ってほんと、飽きっぽくて弱虫だ。

それが終わると、家中に豆をばらまく。いたるところだ。「鬼は~そと~福はうち~」

とあちこちの家から同じ掛け声が聞こえてくる。

「鬼は~そと~」と言いながら、こっそり祖父の顔を見て、(鬼はお前だ)と

思いながら、豆をまく。妹の方を見て(あんたもそう思ってるやろ)

と目配せして、ペロっと舌を出す。そして母には、冗談っぽく、「わっここにも鬼がおる!」

と、父といっしょになって、豆を投げつける。すると、「誰が鬼やねん」と大人気ない母は、

子供に向かって力いっぱい豆を投げつける。「やっぱり鬼やんかあ」と逃げ回る。

こんなに巻き散らかして、誰が片付けるんだ、と思っていると、優しい祖母は

「これを炒ったらおいしいからねえ」と一生懸命豆を拾ってる。

(おばあちゃん、ごめんね)と思うものの、豆をまくのがおもしろくてやめられそうにない。

家中に豆を撒き散らしながら、いつ終わるともない豆まきは続いた。


こんな風景がなつかしい。今は袋入りの節分用の豆を撒く。

さて、願い事は何にしようかな。
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by morinotomosibi07 | 2009-02-03 18:57 | 世の中のこと