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磨くこと

一時に比べると、体調がまあまあいい日が続いている。大嫌いな薬に頼るのをやめて、

なんとか自力でがんばろうと試みている。しかし、ひとつだけ、「イチョウ葉エキス」と

いう薬というかサプリメントだけは飲んでいる。これを飲み始めてから、なんだか調子がいいのだ。

こういったサプリメントの数々を片っ端から試しては、すぐに「どうも肌に合わない」と言って

放り出すのがダンナなのだ。

これまでに、梅肉エキス、笹ヘルス、シイタケのなんとか、はちみつのなんとか、

マグロの目玉だけが入った缶詰まであったぞ。しかもダンボール入りで。

そうやって、ありとあらゆる健康サプリメントを買ってきちゃあ、一粒飲むたびに

「おっ効いてきたぞ」とご満悦。三日飲んだら、「お~最高に調子がいいぞ」

「今まで何回その言葉を聞いたことか」と私が言うと、「いや、今回は違う。明らかに効いている」

とほざいた舌の根も乾かぬうちに、「どうも、胃の具合がおかしい。この薬のせいやな。」

ほら、始まった。「残りはどうすんのよ~」と言うと、決まって「おまえが飲めばいいじゃないか。

案外効くかもしれないぞ」  って、何に効くってえんだよ。

とか言って、もったいないので、結局私がほとんど飲むはめになる。

さすがにマグロの目玉は無理だったけど。そして、効果のほうはというと、なにがどう

効くんだかさっぱりわからない。ただ、「イチョウの葉エキス」だけは、どうも効き目があるようだ。

まず疲れにくくなった。とくに朝の具合がいい。

早朝に一仕事終えて帰ってくると、次の出勤の時間まで1時間ほど仮眠していたのだが、

今はこの朝の2時間ほどの間、いろんなことをするようになった。

まずは外回りの掃除や花の水遣り、床やら棚やらの掃除、パソコンを眺めたり、

本も読む。こういう時間を前は仕事がOFFの時しか持てなかったのだけれど、

今は毎朝持てている。そのおかげで、休みの日にまとめてしていたいろんなことを

焦ってしなくて済むので、逆にゆっくりできるという相乗効果が生み出された。

階段の隅のわたぼこりを、「見なかったことにしよう」「だって私忙しいんだもん」

「ほら、こんなに疲れちゃって」とつぶやいて、気づかないフリもしなくて済む。

「まったく、誰も掃除しようとせんのかあ。おめえらも住人だろうがあ」と嘆く事もしなくて済む。

「あら、今朝も階段きれいじゃない?」「ほこりさん、どうされました?」

「スキがあったら、かかってこんかい」とモップふりあげ、今朝も戦闘態勢。

この妙にハイテンションで、パワーみなぎる早朝の時間が、今のところ気に入っている。

しかあし、しかし、なのだ。今朝、「窓でもみがこ」と軽い気持ちで久々に拭き始めたら、

これが汚れはとれないわ、時間はかかるわ、汗は吹き出るわ、動悸はするわで、たあいへん。

ガラスを睨みつけながら思った。(みがくってことは大変なことだ) 

「みがくっていうのは、技と根気と体力がいる」とひとりつぶやき、呆然とたちすくむ私を

ダンナが不思議そうに眺めていた。そう、磨くっていう作業を簡単に考えちゃあいけない。

窓を磨く。鍋を磨く。便器を磨く。靴を磨く。アンタはそういう作業を真剣にしていたの?

そこんとこどうなの?

と自問してみると、こういう答えが出た。窓は拭いていた。鍋は洗っていた。便器はこすっていた。

靴は洗うか拭くかしていた。磨くのとは違う。

こういうのもある。腕を磨く。技を磨く。センスを磨く。女を磨く。こんなのからっきししてないし。

磨くっていうのは、今の私にはけっこうハードル高いぞ。

時間と体力はどうにかなりそうなので、技を身につけて、磨くことに、もっと真剣に立ち向かおう。

よし、明日から毎日窓磨くぞ~
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by morinotomosibi07 | 2009-04-30 13:33 | 自分のこと  

乙女なママ友

土曜の夜は、これまた久々にママ友の集まりにはせ参じた。

長男ケイさんが高校野球をしていた時の同学年のメンバーのママたちだ。

息子達も今も仲良しだけれど、ママたちもそれに負けないくらいの仲良しで、

集まれば、キャーキャーワーワーとそれはそれは賑やかだ。

それぞれ子供が親元を離れて、一年が過ぎたけれど、まだ寂しさをふっきれずに

どこか元気のない人もいる。「わっわっ〇〇さん、泣いてない?」と、指差す方を見ると、

息子達の話題の途中で涙ぐむ人もあり。「えっ?マジで?」たまらずハンカチで顔を覆ってしまう

人もいる。まっそれはわかる。まだ思い出話にするには、生々しい。

しかし、驚いたのは、この人は今もきっと泣き暮らしているだろうな、と思っていた人が

意外とサバサバしていたこと。夫婦二人暮らしにもすっかり慣れ、「今楽しいのよ~」と

華やいだ声。なんでも今はご主人ととっても仲がいいらしいのだ。

子供が帰省を終えて戻った後は、少し淋しいらしいが、また夫婦二人の生活にリズムが戻ると

とっても楽になって、ほっとするそうだ。あんなに息子マイ・ラブだったのに。

「やっと子離れしたのかな?」と言うけど、それだけではなさそうだ。

だって、ご主人のことを話すときは、なんだか目がトロンとなって、恥ずかしそうなのだ。

しかも、「テレビ見るときにね、手つなぐのよ」って、はっ?なにそれ?悪い冗談やろ?うそやろ?

一同驚いて、店中に響き渡る声で叫んだ。「ウソだと言ってくれ~」

いや、マジな話らしい。「それってどういうシチュエーションなわけ?怖い映画とか、

そういうの見る時?」  「ううん。そんなんじゃない。えっ?手とかつながない?」

つなぎません。つなぐ意味がわかりません。つなごうとも思いません。

「今はどこへ行くのもいっしょなの」 わかったから、いちいち目をトローンとさせて

言うんじゃありません。

でも、仲がいいってことは素晴らしい。ご主人は幸せ者だ。なんせ、このママは、とっても

とっても美人なのだ。目なんか、こーんなに大きくて、色白で、華奢で。

「電車男」が流行ったときはみんなして彼女のことを「エルメスちゃん」って呼んだもんだ。

私と同じ歳なので、そうとうオバサンなんだけど、いやいやかわいいのなんのって。

この日は、体にピッタリした薄手のアイボリーのニットのセーターに、ブラックデニムの

これまたスリムなパンツ。洗面所に立った彼女を下から見上げるような形になった私は、

ちょっとドキっとした。帰り際には、その上にベージュのトレンチコートをはおった。

腰にベルトを通すと体の細さがいっそう際立って、私が男だったら、

きっと「寒いやろ?」と言って、抱きしめたに違いない。性格も今でも少女のようというか

乙女チックなのだ。私にも少女の頃はあったけど、乙女ではなかったし、まわりにも

本物の乙女はいなかった。彼女は宝塚の娘役にピッタリなまさに乙女なのだ。

一度みなさんにお見せしたいくらいだ。そんな彼女だから、息子君にとっては自慢のママに

ちがいない。ママはママで、屈強でたくましく、心優しい息子君に胸をときめかせたのだろう。

なんにでも一生懸命な彼女は、せっせせっせと息子君の世話を焼いていた。

「野球のことは何にもわからないから、せめてユニフオームをまっ白に洗おうと思って。

みなさん、どうやって洗ってるの?」と聞く彼女に、「自分で洗わせろ!!」と言ったら、

「そっそっそうねっ。」と顔をポッと赤らめたりなんかするので、私はその顔を見たいばっかりに

よくキツイ冗談を言ってやった。

そんな一生懸命に息子の世話を焼く彼女のことを、ご主人は複雑な思いで眺めていたのだろうな。

去年、息子君を家から送りだした後に、彼女はご主人に「今まで子育てに専念させてくれて

ありがとう」と言ったそうだ。すると、「今までお疲れ様でした。これからは夫婦二人で仲良くやって

いきましょう」とご主人から言われたそうだ。

今はご主人の世話をせっせせっせと焼いているそうだ。私は、そんなご主人がうらやましい。

私にもたまに彼女を貸してくれ~  って、そっちかよ。

いやいや、私も彼女を見習って、夫婦仲良くすることにしよう。

でも、手は絶対つながないけどね。
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by morinotomosibi07 | 2009-04-28 13:21 | 友達のこと  

はーちゃん登場

約束どおり、昨日は久々に、はーちゃんがやってきた。

うちがお店をしていたときに、よく来てくれた方々で、今もおつきあいのある方々のことを

私は勝手に「もりともファミリー」と呼ばせていただいている。このメンバーは、とても個性的で

どこかアウトサイダーな雰囲気なのだが、はーちゃんは、そのなかでも群を抜いている。

手になにやら赤いケースを提げてやってきたはーちゃんは、以前に比べて、少し大人びた様子。

そして、とても落ち着いた雰囲気だった。久しぶりの再会に話がはずみ、一段落したところで、

「あのー、じつはですね。私こんなこと始めたんです」といって、はーちゃんが

赤いケースから取り出したのは

三線(サンシン)という楽器。沖縄の楽器だ。「まだ習いたてなので、うまくいくかどうか…」と

いいながら、はーちゃんは、沖縄の歌を一曲、二曲と歌ってくれた。

いやあ、はーちゃん、たいしたもんだよ。「初めて趣味というか、好きなことに巡りあいました」

というはーちゃんは、とても自信にあふれていて、堂々としていた。ほんとに上手だった。

「沖縄へも行って、本場の三線も聞いてきました。もちろん、一緒に弾いて、歌いました」

「この前は駅前の沖縄料理の店でも3時間歌いっぱなしで、

声枯れちゃって大変でした。だから、今日はまだ声がちゃんと出ないんです」

「しかも、習って一ヶ月ほどで、大勢の前でいきなり歌わされたりしたんです。でも

なんとかなりました」  はーちゃんは、見かけと違って、とても行動的なのだ。

「今練習中の曲です」と言って、歌ってくれたのは、桑田佳祐の「平和の琉歌」という歌。

へ~あの人がこんな曲をねえ~と感心したが、沖縄の悲しさと平和を願う、とてもいい歌だ。

これもはーちゃん、とっても上手で、ビックリ。「はーちゃん努力家なんだ」と言うと、

「いやあ、意外と簡単なんですよ。三線がスキだったらだれでも弾けるようになるそうです」

はーちゃんがそんなふうに言うもんだから、私も一度お稽古を覗きにいこうかと思っている。

そして、はーちゃんと言えば、エンジェルカード。さっそく占ってもらったら、

なんと、「家族に変化が訪れる。家族がもう一人増える」なんていうカードが出た。

これにもビックリ。えっ七人目?って、それは有り得ない話だけれど、どっちにしても

いい内容だったので、なんか嬉しかった。

まだまだ話し足りなかったけれど、夜はこれまた久々に長男ケイさんがらみの

ママ友の集まりがあったので、後ろ髪ひかれながらのお別れになった。

はーちゃん、また会おうね!!
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by morinotomosibi07 | 2009-04-26 19:45 | 友達のこと  

北欧はすばらしい

いまさらながら、「北欧」の国々に心惹かれる。家具や雑貨、人々の暮らしぶりなどを紹介した

本がたくさんあったり、その筋の有名な雑貨屋さんなどもたくさんあって、

遠い異国の北ヨーッロパの国がとても身近に感じられる、今日この頃だ。

いち早くこの国を訪れた日本人が、この国の家具や雑貨を見て、

どこかなつかしさを感じたり、そのシンプルかつ機能的なデザインに心奪われたのは、

当然のことだと思う。

不思議と日本の風土にピッタリくるものが多い。

デンマークのデザイナーズ・チェアのセブンスチェアやアントチェア。

キッチンウェアのダンスクやボダム。

ルイス・ポールセンの照明器具。そんなのをなあーんも持ってない私でも、一度はどこかで

見たことがあるし、名前は知らなくとも、形を聞けば「あ~あ~あれね」と思い出したりする。

それほど、北欧のものは身近にある。

また、フィンランドはご存知ムーミンやサンタクロースの故郷だったり、

最近よく目にする木馬の置物はスウェーデンのダーラナ地方のものだ。

足繁く通っている図書館で私が借りてくる本には、読み物と眺め物と私が勝手に

分類している物がある。

今週見つけてきたのは、読み物は、「イヴの七人の娘たち」という本。

「わたしはどこから来たのだろう」というプロローグからしておもしろそうだ。

人類の共通の祖先をDNAから探り当てたという、驚愕の内容らしい。

それから、「賛歌ー美に殉じた人たちへ」という日本の画家たちの生き様を書いた本。

眺め物として、「浮世絵に見る江戸の暮らし」。それと「北欧雑貨をめぐる旅」と

「デザイン好きのための北欧トラベル案内」だ。

読み物はもちろんひたすら読むのだが、眺め物というのがやっかいなのだ。

「着物」に関する本のときもそうだったのだが、あまりに好きすぎて、

最初はまともに見れないのだ。

図書館でパラパラっと見て、「おっ、これこれ」と思ってルンルンで借りて帰ってくるのだが、

いざ、「さあ、眺めよう」と思って、ページをめくると、もうドキドキしすぎて、

そのうち苦しくなってきて先へ進めないのだ。

子供が大好きなお菓子をたくさん目の前に広げられて、「さあ、どうぞ」と

言われたら、きっとこんな気持ちになるはずだ。嬉しすぎて、しばし絶句し、

手を伸ばそうとしても体がこわばり、どうしていいかわからなくなるはずだ。

そんな時、「あのね、わかってるとは思うけど、一度に食べるんじゃないのよ。

ゆっくり味わってね、何日もかけて食べるのよ。ちなみにね、このチョコはね、

中にマカダミアナッツが入っててね、それからこっちのキャンディはね…」というふうに

説明してもらえると、だんだん感覚が現実に戻り、目の前にあるお菓子が

ようやくひとつひとつゆっくりと目に入ってくる。それとか、同じ境遇の人が傍にいて、

「ねえ、ねえ、これ見て、これ!おいしそう~これなんやろう。ねっねっこれから食べてみる?」

とかのシチュエーションが可能なら一人ドキドキして、体が固まることもないんだろうけど。

これは、大人でもツボにはまったお店なんかに行ったときもそうかもしれない。

一人だとその興奮ぶりを表現できずに、せいぜい小さな声で

「わっかわいい…」ぐらいしか言えないけれど、友達といっしょだと、「わ~これ見て~」などと

はしゃげるのだ。まっそれにも限度はあるが。

そういうことで、わかっていただけたかどうか、大好きなものがギュっとつまった本を、

私はそうそう簡単には眺められないのだ。なので、最初はうちの娘たちに、

「これ見て~」と振るのだ。そうやって少し落ち着いたら、おそるおそる眺めに入る。

それから、眺め物と名づけてはいるものの必ず著者の方の説明やら思い入れやらが

語られているので、それを読みつつ、チラっと写真を眺める。

「なるほどね~」と感心しているうちに、だんだん落ち着いてくる。ひととおり、じっくり読んで

眺め回してから、今度は一ページ一ページの写真をじっくり見る。そうこうしているうちに、

なにかしら手持ち無沙汰の時に、そういう本をさっと手にとってパラパラっと眺めるという、

本来の眺め物の本がその任務を遂行するという流れになるわけなのだ。

「北欧」ものの本がまさしく今そういう流れになっていて、一冊めの「北欧雑貨をめぐる旅」

という本はようやく半分くらい読み、眺めた。早く先が見たくて、パラパラっとするのだが、

ダメだ。目に入らない。

ドキドキが戻ってきてしまって、よけい先に進めない。もう一冊の本など、

ほんとにパラっとしかめくっていない。

そのなかで、チラっとみたページに写っていた、ストックホルムの市立図書館。

これがすごかった。いやすごそうだ。なんせチラっとしかみていないので。

これが市立かあ…と感心するやら、比べては絶望するやら。やっぱ北欧は、

公共のものに対する国の手厚さが違うんだな。

この本の最初に紹介されているスウェーデンの「ローゼンダルスガーデン」のカフェや

「スカンセン」という野外博物館。「ガムラスタン」という小さな島。

ここは「魔女の宅急便」の舞台にもなったという中世の雰囲気を残した古い街。

それから、レストランやハンドクラフトのサマースクールの様子。雑貨の数々。

これらはじっくり読み、眺めまわした。後半は、ミュージアムやショップ、ホテルや

アパートメント、スーパーマーケットなんかも紹介されてるようだ。

とても魅力的な北欧の国々。死ぬまでに訪れる事が可能かどうかわからないけど、

それを目標にして日々がんばって働こうかな、と思う今日このごろである。
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by morinotomosibi07 | 2009-04-25 10:42 | 世の中のこと  

金婚式だって

昨晩、実家の母から電話があった。妙に初々しいような、恥ずかしそうな声でこう言った。

「今日はなんの日でしょう?」

「あ~今日は伸ちゃん(マイ・ブラザーです)の誕生日やろ」

忘れもしない、9歳離れた弟が生まれた日。妹や近所の遊び友達とその誕生を待ちわびた日。

遊びのメンバーがまた一人増えることが嬉しくて、みんなで首をなが~くして待ったあの日。

もちろん、生まれてくるのは女の子だとだれもがそう思い込んでいた。しかも、私達はその子が

もうすぐにでも自分達といっしょに、そこらじゅうを駆け回って遊ぶものだと思い込んでいた。

「あそこへ連れて行こう。そうだ、あそこへも…」などと毎日相談したものだ。

それが生まれてみてビックリ。なんと男やし、それに…それに…なんて小さい…

いつになったらいっしょに遊べるのやら、とがっかりした。

でも弟はすくすくと大きくなり、ヨチヨチ歩きの頃には弟お気に入りの手押し車に乗っけて

友達に弟を自慢するように散歩に出かけた。幼稚園のスモッグのポケットには、

母の代わりに私がてんとう虫のアップリケをしてあげた。私が高校生の頃には弟とおそろいの

つなぎのジーンズを履いて、買い物に行くのが私の密かな楽しみだった。

「あら~若いおかあさんだこと」と人に言われたけど、私はそれを否定することなく、

むしろニコっと笑って、軽く会釈した。そのときの何ともいえない優越感に似た甘い気持ちを

私はその後何回味わっただろう。

ボーイフレンドとのデートの時にも、私は弟を自転車の後ろに乗っけて連れて行った。

最初は珍しがって、よく遊んでくれたボーイフレンドも、プールに行ったときに

水を怖がって泣き叫ぶ弟に困り果て、もう連れてくるな、と言った。

そんなこと言うなら、もうあんたなんかとデートしないし、と私は心の中で舌を出した。

中学でテニス部に入った弟の様子をこっそり覗きに行き、目を細めながらいつまでも眺めた。

弟の高校の入学式には、もちろん私が行った。私と同じ高校だったので、当時お世話になった

先生もまだいらして、「えっ?」と変な顔をされたけど、「弟です。私と違って、ものすご~く

真面目ですので、よろしく」といったような挨拶をしたような気がする。そして先生がものすご~く

ほっとした顔をしたような記憶がある。

弟が初めて実家にガールフレンドを連れて来た時には、私にはもう娘がいたのだけれど、

その娘を使って、思いっきりジャマをしてやった。何回かジャマをしてやったある日、彼女がむくれて

帰ってしまったことがあった。「そんな女はロクなもんじゃない」と小姑根性を丸出しにして

弟に説教した。今考えればヒドイことをしたもんだ。

そんなこんな弟もいまや二児の父親だ。ちょっと頑固で、泣き虫で、でも誰にでも優しい

マイ・ブラザーの昨日は40回めの誕生日だった。

話が長くなりましたが、そんな感慨にふけっていたところへ、昨夜の母からの電話だったわけで。

「今日はなんの日でしょう?」と母が聞くので、「伸ちゃんの誕生日やろ」と答えた。

すると「それはそうやけど、伸ちゃんのことじゃなくて、私のこと!私、私!ていうか、私ら!私ら!」

と母が妙にはしゃいだ声で言うのだ。「私ら!って、だれよ?」

「あんな~今日はなあ~私らのなあ~50回目の結婚記念日~!!」

「え~!今年とは聞いてたけど、今日が結婚記念日とは知らんかったしなあ。伸ちゃんの誕生日って

ことは毎年思い出すんやけど」

「チャミ(マイ・シスターです)は知ってたで~。さっき電話くれたで~。いやあ、私らもなあ、伸ちゃんが

生まれた時に奇遇やなあ、とは話したんや」

悪いんですけど、私はそんな話、この歳になるまで聞いたことがない。いや、ほんと。

両親の結婚記念日がいつだったかということをこの歳まで知らなかったというのも情けない話だと

は思うが。だって、過去に伸ちゃんの誕生日っていうんでお祝いしてたけど、そちらのお祝いって、したこと

ありましたっけ?普通、「今日は伸ちゃんの誕生日やけど、私達の結婚記念日でもあります!」

なんていって、「いやあ、それはめでたい日やなあ」とか言って、みんなでお祝いするやろう。

私にはそんな記憶まるでないんですけど。でも、妹が知ってるということは、私だけ?私だけが

何かしらの事情で、知らされてなかった?もしかして私の誕生日と関係が?

私が生まれたのは、両親が結婚した翌年の3月。4月に結婚式を挙げてるということは、

待てよ、え~っと、ん~っと……ま・さ・か…できちゃった婚?いや、計算合うか。

って、なんの計算だよ~

もしかして、出来ちゃった婚がばれるから、私には4月だといわなかったのか、とか思ったりしたけど

そんなんでもなさそうだ。まっそんなことどうでもいいや。とにかく、母はやたらテンションあがってて、

うれしそうなのだ。

日ごろは、父の悪口散々言ったり、「今は家庭内別居やわ」とか言ったりしてるくせにだぞ。

私もそうだけど、夫婦って、不思議だ。仲がいいんだか、悪いんだか。

今年はお祝いに新婚旅行に行ったところにもう一回旅行するんだそうだ。仲良きことはいいことだ。

ってことで、あらためて、パパ、ママ50周年おめでとう!!私達も負けずに頑張ります。
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by morinotomosibi07 | 2009-04-23 09:51 | 家族みんなのこと  

歌舞伎

そんでもって、歌舞伎の話。

歌舞伎ってのは、江戸時代に出雲阿国という女性が始めた「かぶき踊り」をルーツとしている

というのは、あまりにも有名な話だ。よくドラマになっているし、ちょっと前には菊川怜が演じたのを見た。

私なんぞは、出雲阿国というと、すぐ木の実ナナが思い浮かぶ。

この男装の麗人の常軌を逸したパフォーマンスは、当時の江戸の庶民に圧倒的に支持され、

「阿国かぶき」は大ヒットしたそうだ。その後幕府によって女性が芝居を演じる事が禁じられたり、

「かぶき」という表現さえ禁じられたりしたそうだ。それほど、この芝居は庶民を熱狂させた、ものすごい

パワーを持った大衆芸能だったのだろう。

それが今や歌舞伎というと、やたら格式ばった難しい、庶民には無縁の芸能になってしまっている

気がする。役者自体が家柄だの梨園の御曹司だのとほめそやされ、その芸の本来の

魅力というか、力強さをもった、江戸時代に庶民を熱狂させたスーパースターのような存在としての

役者が今いるのだろうか。名前を聞けば誰もが知っている役者でも、その人の芸は?というとわからない。

図書館で見つけた「歌舞伎にアクセス」という本のなかで、主な芝居の演目が紹介されている。

そのほとんどが男女の色恋話やそのもつれからの刃傷沙汰の話だ。また、勧善懲悪物や史実に

基づく話もある。それらを派手な衣装で抑揚をおもいっきり効かせて演じるいわゆる日本版ミュージカル。

この歌舞伎が江戸の庶民にやんややんやと熱狂して受け入れられたように、

平成の私達にももっと日常的に受け入れらてもよくはないか。

見てみたいと思う演目はたくさんあるが、なかでも私がおもしろそうだと思ったのは、

「暫」という歌舞伎十八番のなかの演目だ。悪者が臣下に命じて、善人を処刑しようとすると、

「しばらあ~く」と言って正義の味方が出てくるというもの。それぞれのいでたちがまたすごい。

まるでアニメかスラップスティックか、というふうに紹介されているが、コントみたいでおもしろそうだ。

歌舞伎を、格式ばった難しい、一部のファンと金持ちの道楽、みたいに思わないで、

もっと身近な大衆文化として受け入れてみようかな、と思わせてくれた本だった。
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by morinotomosibi07 | 2009-04-22 07:59 | 世の中のこと  

伝統ってやつは

依然として着物に対する憧れや興味が増大するなか、図書館に行っちゃあ、その筋の本を物色。

色のことや染めについてのコーナーにあった「着物と日本の色」という本がおもしろかった。

年代物の着物の美しさもさることながら、古来の色の呼び名が興味深い。

ひとくちに「青」といっても、色々ある。馴染み深いのが藍色で、なんとなくわかるのが、瑠璃色、

浅葱色。花浅葱とか、はなだ色なんかがあるけど、聞いただけでは果たしてどんな色かわかりゃしない。

これが英語で言うと、不思議なことにピンとくる。

花浅葱とはセルリアン・ブルー。はなだ色はサファイア・ブルーときた。

ちなみに藍色はマリン・ブルーで、瑠璃色はコバルト・ブルー、浅葱色はブルー・ターコイズだ。

他にも、新橋色はシアン・ブルー、紅掛空色はサルビア・ブルー、かめのぞきは、ホライゾン・ブルー

なんてのがある。いやあ、うまいこと言ったもんだ。

「赤」のなかにも素晴らしいネーミングの色たちがある。韓紅花(からくれない)=ローズ・レッド、

蘇芳色(すおういろ)=ラズベリー・レッド。

日本語だと難しくてわかりづらい色も、英語だと「あーあーそんな感じの色ね」とわかる気がするのも

変なもんだが、日本の伝統的な色の名もなかなかどうして、素敵じゃないか。

そんな色別に着物が紹介されていて、ページをめくるたびにドキドキする。

色の世界も摩訶不思議で奥が深いやね。いい本に出会ったなと思った。

伝統文化つながりかどうか、そっち系に勢いづいてしまった私は、「歌舞伎にアクセス」という本も

読んでみたりなんかした。これがわかりやすかったし、おもしろかった。

その話はまた後ほどということで、とりあえず、今猛烈に歌舞伎が見て見たい。

できれば着物なんぞ着て。だれか私を歌舞伎に連れていってくれ~
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by morinotomosibi07 | 2009-04-21 14:37 | 世の中のこと  

大好き寅さん!!

テレビの画面に写ったその人を、「わあ、おもしろい顔やなあ」と思いながら見つめていたのは、

私がまだ小さい子供の頃だっただろうか。

真四角な顔に、小さい目、太い眉毛の右だったか左だったか、眉間の側に大きなホクロのような

ものが確か乗ってた。お世辞にも鼻筋が通ってるとは言えないただでっかいだけの鼻。

でも歯並びはいい。それになんと言っても声がいい。

そんななんともアンバランスな変なおじさん。ドラマの名前は忘れたし、筋書きもはっきり思い出せない

けれど、放蕩三昧を続けた若ダンナが一文無しになって、どこかでおにぎりを恵んでもらい、最後に

死んでしまう、といった内容のドラマだったか。おもしろくも悲哀に満ちたその芝居が子供の私の脳裏に

強烈に焼きついた。それが後にご存知「寅さん」を演じ続けることになった俳優渥美清だったと

知ったのは、いつ頃だったか。

「寅さんはいいねえ」と父や母が話しているのを聞いても「へっ、どこが?」と不思議だったし、

国民的映画とか俳優とか言われても、私には「好きなんだけど~♪」を歌う、西郷輝彦のほうが

断然国民的アイドルだった。あの強烈な顔と演技を画面いっぱいに見るのは、はっきり言って

もうたくさんだった。

ダンナの影響で「男はつらいよ」を恐る恐る見始めてから、それは私が大人になったという証拠なのかも

しれないけれど、その魅力にどんどん惹かれていった。全48作のほとんどをビデオで見た。

最後の映画だけは、悲しすぎてまだ見る気にはなれないが。

ダンナはもちろん、「寅さんのように生きるのがオレの理想だね」と言うし、私とて

「寅さんみたいな人に出会いたい」と心の底から思う。妹さくらの亭主、博のような人は、はっきり言って

嫌いだ。いや、博さんは博さんでそりゃ立派な人だろう。でも、寅さんに対して

「お兄さん、それはちょっとどうかと思います」なんて言って、いちいち寅さんの生きかたに口を挟むのは

我慢できない。家族に囲まれて、ヌクヌクと暮らしているカタギのアンタに寅さんの何がわかるって

言うのよ!ってついつい画面に向かって叫んでいる私がいる。

「おめえも同じだろ」って寅さんに怒られるかな?「オレはよ、おめえが幸せならそれでいいんだよ。

達者で暮らせよ。じゃあな」と寅さんはさっと身を翻して、また旅に出かける。

「寅さん、待って」なんて言うと、「それをいっちゃあおしまいよ」と背中を向けたまま、片手をあげて

寅さんは去っていく。その背中がかっこいいねえ。おもしろい顔の変なおじさん、なんて言ったのは

どこのどいつだい!

生涯をかけて寅さんを演じ続けた渥美清という人の事を知りたいと思って、数ある寅さん本のなかで

「おもしろい男 渥美清」(小林信夫著)というのを読んだ。

渥美清さんと旧知の仲たる著者がその交流のなかで、渥美さん自身が語った言葉から、

渥美さんの人間性を浮かび上がらせる、という内容になっており、変なデフォルメやきれい事も

描かれておらず、真実に近い渥美さんを知り得るものとなっている気がする。

才能にあふれ、たくさんの可能性を秘めた彼がそこにいる。興味のある方は、ご一読を。

そして、ますます彼のことが好きになった。

また、「風天 渥美清のうた」という本は、渥美さんが俳句を嗜んでいたことを知る驚きの内容だ。

「赤とんぼじっとしたまま明日どうする」など、まるで寅さんが詠んだような句がたくさん収められている。

渥美清=寅さんといわれるほど、その役柄は当たり役だったし、苦労の末、彼がやっと掴んだスターへの

階段だった。天才的喜劇役者と言われ続けた末に、ようやく映画で寅さんを演じた時は

彼はすでに40歳を超えていた。彼は本来、泥臭さとドタバタ喜劇の他に、外国の喜劇人のモダニズムを

持ち合わせていたと言われている。寅さんがあまりにはまり役だったということもあったが、

もっともっと違う芝居が見てみたかった。彼自身は山頭火の生涯を演じてみたかったそうだ。

きっと彼なら山頭火を蘇らせてくれただろう。

しかし、若い頃に結核を煩い、片肺だけになってしまった体では、無理ができなかったのか、

人一倍健康に気を使いながらも常に死というものを意識して、最後まで演じ続けた寅さんが

やっぱり彼の残した大きな大きな遺産だ。

古い街や田舎を訪ねると、「ここも映画の舞台になりそうやね」と必ずダンナと顔を見合わせる。

「よっ」と言って、ふっと寅さんが現れるような気がして。
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by morinotomosibi07 | 2009-04-10 19:46 | 自分のこと